スキルアップ
2014年7月8日
文系でも「化学」の知識を身につけておくべき3つの理由
文・左巻健男
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 私たちが生きていること、つまり生命現象そのものが数多くの化学変化の集まりです。複雑ですが整然と見事に調和のとれた集まりです。化学は物質の学問で、物質の性質や構造、変化を調べ秘密を解き明かしていく学問です。

 さまざまな物質は、この化学を土台に化学の技術で合成されているのです。私たちは、おびただしい数の化学の産物に、衣食住はもとよりどんな場所、どんなときでも、取り巻かれて生きています。

 そんな時代に生きているのに、「私は文系だし、化学なんて社会にでたら使わないよ」「化学の知識なんて、化学の研究者や技術者になる人だけが学んでおけばいいんじゃないの?」という人がいます。しかしそれは違います。現代は誰にでも化学の知識と知恵が必要な時代なのです。その理由を3つ紹介しましょう

[1]ニセ科学のカモになりやすい


 ニセ科学とは、科学の専門家から見て科学ではないのに、「科学っぽい装いをしている」もの、あるいは「科学のように見えるにもかかわらず、とても科学とは呼べないもの」を指します。ニセ科学は疑似科学やエセ科学とも呼ばれます。

 わが国の大人の傾向として、「自分は科学のことをよくわからないけれども、科学は大切だ」と思っている点が挙げられます。そこで一見、科学っぽいものに惹かれる傾向があるのです。科学と無関係でも、論理などが無茶苦茶でも、科学っぽい雰囲気をつくれれば、ニセ科学をホイホイと信じてくれる人たちがいるからニセ科学がはびこっているのです。これは、科学への信頼感を逆手にとられているともいえます。

 だますほうは「イオン」だの「波動」だの、科学的っぽい言葉をふんだんに散りばめながらわかりやすい「物語」を示すので、科学の基礎的な知識をもたない人の心には、スーッと入っていってしまうことがあるのです。

 たとえばマイナスイオンです。マイナスイオンは、化学で学ぶ陰イオンとはまったく別物です。科学を広く眺めると、いちばん近いのは大気科学の負イオンです。「滝ではマイナスイオンがたくさん発生している」というときのマイナスイオンはこの負イオンですが、負イオンが健康にいいかどうかははっきりしていません。イオンは科学の言葉ですが、マイナスイオンはそうではないということです。

 1999年から2002年にかけてマイナスイオンの特集番組で、マイナスイオンの驚くべき効能が謳われました。プラスイオンを吸うと心身の状態が悪くなるのに対し、マイナスイオンは空気を浄化し、吸えばイライラする気持ちがなくなり、血がドロドロではなくなり、アトピーや高血圧などにも効く――つまり健康にいい、というのです。

 番組の説明は、もちろん科学的な根拠のないニセ科学ですが、それでもマイナスイオンは流行語となりました。エアコンや冷蔵庫などを製造する白物家電のメーカーは、自社の製品に「マイナスイオン発生機能」をつけて、製品の差別化を図るのに利用しました。

 そのほか、マッサージ器やドライヤー、衣類・タオルにいたるまで、広い範囲の商品がマイナスイオンの発生を謳ったのです。さらに家電以外でも、ゲルマニウムやチタンのブレスレットやネックレスが、「マイナスイオンがでるから健康によい」と宣伝されました。

 マイナスイオンを謳う商品には、マイナスイオン測定器なるもので測定したという、「1 cm3あたり数十万個のマイナスイオンが発生する」などという数値がよくついていました。しかし、化学の基礎知識があれば、空気の分子数と比べて、本当に微々たる数であることがわかります。

 化学では、0℃、1013 hPa(=1 気圧)で22.4 Lの空気(=1 モルの空気)には、6.02×1023個(1023は一千亥)という膨大な数の空気の分子が含まれていることを学びます。空気1 cm3に含まれる空気の分子の数は、6.02×1023個を22.4×1,000 cm3で割りますが、それでも相当な分子(26,900,000,000,000,000,000=2,690京個)が含まれているのです。それに対して「数十万個」では、まったく問題になりません。

 ひところのマイナスイオンブームは、「マイナスイオンなるものの実体がはっきりしない」「健康によい証拠はない」「ものによっては有害なオゾンを発生するものもある」などと批判され、終わりを告げました。それでも、マイナスイオンがニセ科学であることをまだ知らず、いまでも「マイナスイオン=健康によい」というイメージをもち続けている消費者を狙って高額なインチキ商品などを売りつけるために、そのイメージは利用されています。



図解・化学「超」入門
物質の基本がゼロからわかる
左巻健男、寺田光宏、山田洋一 著



【著者】左巻健男(さまき たけお)
1949年、栃木県生まれ。千葉大学教育学部卒。東京学芸大学大学院教育学研究科修了(物理化学講座)。同志社女子大学教授などを経て、現在は法政大学教職課程センター教授。近著に『図解・化学「超」入門』がある。

【著者】寺田光宏(てらだ みつひろ)
静岡県生まれ。筑波大学大学院教育研究科修了(理科教育)。兵庫教育大学大学院連合学校教育学研究科修了。博士(学校教育学)。1994年、国立教育研究所共同研究員などを経て、現在は岐阜聖徳学園大学教育学部教授。

【著者】山田洋一(やまだ よういち)
1956年、東京都生まれ。千葉大学理学部卒。東京都立大学大学院修士課程修了。理学博士(千葉大学大学院自然科学研究科)。宇都宮大学助手、助教授を経て、現在は宇都宮大学教育学部教授。
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