スキルアップ
2014年7月8日
文系でも「化学」の知識を身につけておくべき3つの理由
文・左巻健男
[2]さほど危険ではないものをいたずらに恐れてしまう
私たちの身の回りには、実にさまざまな物質が存在しています。物質の種類は数千万とも言われています。水も空気も土も岩石も、生物もさまざまな製品も、すべて物質からできています。これらの物質を化学物質と言い換えたら、そのイメージはどうでしょうか? 実は、一般的に物質と呼んでいるものは化学物質のことなのです。
米国で、ある学生がジハイドロジェンモノオキサイド(以下DHMO)という化学物質の禁止を訴え、署名活動を行いました。そのときの訴えは以下のようなものです。
「DHMOは無色、無臭、無味です。そして、毎年数え切れないほどの人を殺しています。ほとんどの死因はDHMOの偶然の吸入によって引き起こされています。その固体にさらされるだけでも激しい皮膚障害を起こします。DHMOは酸性雨の主成分であり、温室効果の原因でもあります。 DHMOは、今日、米国のほとんどすべての河川、湖および貯水池で発見されています。それだけではありません、汚染は全世界に及んでいます。南極の氷でも発見されています。米国政府は、この物質の製造、拡散を禁止することを拒んでいます。いまからでも遅くありません。さらなる汚染を防ぐためには、いま行動しなければなりません!」
多くの人はこの訴えを聞き、署名したといいます。このジハイドロジェンモノオキサイドというのは一酸化二水素です。化学式で表せばH2O――つまり、実はただの水です。確かに水死者は多いですし、水は酸性雨の主成分ですし、水蒸気は大気中の温室効果ガスとして最大の温室効果をもたらしていますが。
署名活動を行った人の狙いは、「世の中の人々(の科学的な知識)は、こんな程度だ。もっときちんとした科学教育をしなければならない」という警鐘のためだったとのことです。化学物質には、一見、難しそうな恐ろしげな名前がついていることがありますが、そのイメージではなく実体をよく見なければならないという好例です。
[3]身の回りの危険に気がつかない
ひと昔前、浴室を掃除中の主婦が塩素ガスを吸って亡くなる事故がありました。最近でも塩素ガスによる中毒事故は発生しています。
塩素系の漂白剤やカビ取り剤は、主成分が次亜塩素酸ナトリウムです。これに塩酸やクエン酸、リンゴ酸などを含んだ酸性の洗剤を混ぜると塩素ガスが発生してしまい、これが浴室やトイレなど密閉に近い空間で行われると致死量に達しやすいのです。
塩素ガスは黄緑色で刺激臭(プールの消毒の臭い)がありますが、空気中にわずか0.003~0.006%の濃度であっても鼻やのどの粘膜を侵し、それ以上の濃度になると血を吐いたり、最悪の場合は死に至ります。
また、塩素ガスと同様、人に有毒な一酸化炭素は、毎年、何千人もの人の命を奪います(一酸化炭素中毒)。塩素ガスは前述のとおり刺激臭がしますが、酸素の供給が不完全な状態で燃料を燃焼(不完全燃焼)させると生じる一酸化炭素は無色・無臭で、その発生に気がつきにくいのです。
一酸化炭素は血液中のヘモグロビンとの結合力が酸素の約300倍もあり、ヘモグロビンが酸素を運ぶ能力を永久に奪います。しかも一度結合すると一酸化炭素は外れません。
化学の知識を身につけ、どんなときに一酸化炭素中毒が発生しやすいかを知っていれば、部屋で物を燃やしたとき換気がとても重要なことだとわかり、対策を立てることができるのです。
バラバラではなく系統的に学ぶ
世に出回っている製品の多くは、物理や化学の知識を土台につくられています。営業や販売の職についている方でも、中学校+高校初級レベルの化学の知識があるとよい場面はたくさんあります。リーダー的な仕事をこなす人ならなおさらです。しかし、化学の知識は高校受験などで使ったあとは、どんどん忘れていってしまうのが一般的です。学び直しを決意しても、高校レベルの化学からやり直すのは、難しすぎて荷が重いでしょう。
そこで私が提案するのは、中学レベルの基本を短時間で学び直してから、必要に応じて高校レベルへ向かうという学習方法です。この背景には「本当に使える知識は、理科の軽い小話やコラムを集めたような雑学本では身につかない」という思いがあるからです。雑学本は、理科をちょっと楽しむにはいいのですが、仕事などに活かすとなると、バラバラに学ぶよりも、系統的に学ぶほうがずっと有効なのです。
(了)
【著者】左巻健男(さまき たけお)
1949年、栃木県生まれ。千葉大学教育学部卒。東京学芸大学大学院教育学研究科修了(物理化学講座)。同志社女子大学教授などを経て、現在は法政大学教職課程センター教授。近著に『図解・化学「超」入門』がある。
【著者】寺田光宏(てらだ みつひろ)
静岡県生まれ。筑波大学大学院教育研究科修了(理科教育)。兵庫教育大学大学院連合学校教育学研究科修了。博士(学校教育学)。1994年、国立教育研究所共同研究員などを経て、現在は岐阜聖徳学園大学教育学部教授。
【著者】山田洋一(やまだ よういち)
1956年、東京都生まれ。千葉大学理学部卒。東京都立大学大学院修士課程修了。理学博士(千葉大学大学院自然科学研究科)。宇都宮大学助手、助教授を経て、現在は宇都宮大学教育学部教授。
1949年、栃木県生まれ。千葉大学教育学部卒。東京学芸大学大学院教育学研究科修了(物理化学講座)。同志社女子大学教授などを経て、現在は法政大学教職課程センター教授。近著に『図解・化学「超」入門』がある。
【著者】寺田光宏(てらだ みつひろ)
静岡県生まれ。筑波大学大学院教育研究科修了(理科教育)。兵庫教育大学大学院連合学校教育学研究科修了。博士(学校教育学)。1994年、国立教育研究所共同研究員などを経て、現在は岐阜聖徳学園大学教育学部教授。
【著者】山田洋一(やまだ よういち)
1956年、東京都生まれ。千葉大学理学部卒。東京都立大学大学院修士課程修了。理学博士(千葉大学大学院自然科学研究科)。宇都宮大学助手、助教授を経て、現在は宇都宮大学教育学部教授。