カルチャー
2016年5月13日
「下流老人」だけではなく「下流中年」にこそ目が向けられるべき
[連載]
下流中年 ~一億総貧困化の行方【1】
貧困率が悪化しているのでは、老人ではなく中年だった!
介護離職、早期退職、引きこもり、ワーキングプア……他人ごとではない中年のリアルな危機! 「ロスジェネ世代」はどこに行ったのか? 本連載では、いま目を向けるべき「下流中年」の現状について見ていく(出典:SB新書『下流中年』)
「非正規4割」時代、「不本意にも非正規」の人々は何を思う?
2015年11月、パートや派遣社員など「非正社員(非正規雇用)」の割合が、初めて労働者全体の40%に達したと厚生労働省が発表した。過去25年間でこの比率は倍増しており、企業が正社員以外を雇用する理由の1位は「賃金の節約」であるので、企業はやはり人件費を抑制する手段として非正規雇用を増やしているのだろうか。
しかし、数字的なもので言うならば、これは「改正高年齢者雇用安定法」の施行により、企業が定年後の正社員をパートタイムとして再雇用していったために、非正社員の割合が押し上げられたという実情はあるようだ。
厚生年金の受給年齢が引き上げられたため、定年後に年金も給料も受け取れない空白期間をもつ人が増えることを防ぐための雇用延長、いわば高齢者雇用対策として非正社員の比率が高まったというわけだ。
ただし、「非正規4割」問題のうち、非正規労働者の内訳をひもといていくと、また違った様相が見えてくる。
非正規ワーカーには次の4つのタイプがあると、尾畠未輝氏(当時、三菱UFJリサーチ&コンサルティング研究員)は指摘している。すなわち、
(1)24歳以下の「学生バイト層」
(2)25~54歳女性の「主婦層」
(3)25~54歳男性の「(不本意な就労が多い)中年フリーター層」
(4)55歳以上男女の「退職者を含むセカンドキャリア層」
である。非正規雇用といえば、かつては主婦のパートが中心だったが、「失われた20年」の間、グローバル競争などを背景にして、従来は世帯の主たる稼ぎ手となっていた層も契約社員や派遣社員として働くケースが増えていった。
本連載では、この中でも就職氷河期などで、新卒時に思うような就職ができず、やむを得ず契約社員や派遣社員としてしのいできている人たち、(3)の非正規労働を心ならずも続けざるを得なかった中年層、すなわち「不本意非正規」の人々を中心に光をあてて、その現状をみていきたい。
たまたま就職時期が氷河期だったロスジェネ世代に「自己責任」を問うことはできない
先の尾畠氏の試算などをもとに、「中年フリーター:氷河期の非正社員ら、歯止めかからず273万人に」という報道が2015年、毎日新聞でなされたが、「ロスジェネ世代」とも呼ばれた、バブル崩壊後の1994年~2005年頃の超就職氷河期に就活を行った世代の若者もいまや40歳を越える中年となっている。
いまロスジェネ世代はいったいどこで何をしているのだろうか。
いったん、派遣社員などの形で非正社員となると、そこから正社員に這い上がることはなかなか困難になる(非正規雇用のスパイラルに陥る)という実態がある。これは「中年フリーター」と呼ばれる人たちの増加として統計上はっきりあらわれてきているのだが、彼らの受難、「生きづらさ」とは一体どのようなものなのか。
中年フリーターは、低賃金かつ社会保険に未加入の者も多く、「景気が悪くなったらクビ」といった不安定な雇用の中で、もし雇い止め等にあい、稼ぎがストップすれば、「下流中年」どころか一気に「貧困中年」になだれ込みかねない。
そして生活保護なり、うつやひきこもりなどになった場合、そのコストは日本社会に大きく跳ね返ってくることだろう。そうなったのは本人の努力が足りないからだなどの「自己責任論」をふりかざすロジックはもはや成り立たない。
貧困率が悪化しているのは現役世代
また、昨今の『老後破産』(新潮社)や『下流老人』(朝日新書)のベストセラー化によって、「下流老人」という現象にのみ世間の注目が集まるのもバランスが悪くはないだろうか。というのも、首都大学東京の阿部彩教授が指摘するように、高齢者の貧困率は、ここ数年改善されてきているからである(図)。
もちろん、低年金者や無年金者の困窮した実態は確かにあり、困っている高齢者がいることは否定しないが、一方で月40万円程にもなる年金を受け取っている高齢者もいることは確かで、高齢者間の経済格差が非常に大きいこと、そして全体として高齢者の貧困が改善傾向にあることはもっと共有されるべき「ファクト」ではないだろうか。
一方、30歳~49歳の貧困率、50歳~64歳の貧困率は悪化している。つまり働き盛りである現役世代のほうが、高齢者世代よりも経済的にはつらい状況になりつつあると言ってもいいのだ。
他者への共感が危機的なほど薄れて来ている日本社会だが、「下流中年」の苦しい状況を理解し、その救済方法を一人ひとりが考えてみることは決して無駄にはならないだろう。
(文・学芸書籍編集部)