カルチャー
2017年1月10日
ダイエットも恋愛も「諦め方」が肝心――ポジティブに「あきらめる」仏教の知恵
文・名取芳彦(密蔵院住職)
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 好きな人を諦めるには、とことん好きになるしかありません。身もちぎれるほど好きになっても振り向いてくれないのが明らかにならないと諦められないのです。「好きな人にはその人の都合がある」ことが明らかにならないと諦められないのです。

 うまくいかなかった仕事を諦めるには、とことんうまくいくようにやってみるしかありません。それで失敗した時こそ、どこがいけなかったかを明らかにできるチャンスです。「あそこで、ああしたのがいけなかった。だから失敗するのは当たり前だ。しかたがない」と諦められ、次につながります。

 「明らか」を堅苦しく思うなら、「当たり前、当然、しかたない」でもかまいません。
 悪口を言われても「あの人は悪口を言えば自分が偉くなると勘違いしているのだから、私のことを悪く言うのも当たり前だ」と納得できれば気になりません。

 自分は正しいことを言っているのにわかってもらえない時は、「相手に理解する能力がないのだから、わからないのもしかたがない」と思うのもいいでしょう(相手をバカにしている点でおすすめはしませんが)。
「他にも正しい意見があるかもしれないと様子を見ているようだから、今は私の意見だけを採用するわけにはいかないのも当然だ」と気づけば、イライラしないですみます。

 諦めざるを得ない挫折感にうちひしがれているだけでは、立ち上がれません。立ち上がるには、挫折した理由を明らかにする工程が必要です。そして、「しかたがない」と諦めて、立ち上がるたびに、「これはこういうことなのだ」と一つのことが明らかになります。

自分ではどうにもならないことは潔くあきらめる


 世の中は、すべて原因に縁が加わって結果になる─―これが、お釈迦さまが悟った「因果」の法則です。どんなことにも原因があって、それにさまざまな縁が加わって結果になる─―そんなことは当たり前だと思うでしょう。

 家族のため(原因)に働き(縁)、働きすぎたため(縁)に、体調を崩します(結果)。
 ストレス発散のため(原因)にお酒を飲み(縁)、飲みすぎたために(縁)、二日酔いになります(結果)。

 子どもでもわかる因果関係ですが、多くの人(私の場合、家族)は、縁を因だと思うようです。体調を崩すと「働きすぎが原因だ」と呆れ、二日酔いに苦しんでいると「飲みすぎが原因だよ」と冷ややかに笑うというありさま。働きすぎも、飲みすぎも(私にとっては)縁で、因は他にあるのですがそこに触れてくれません。私の甘えは重々承知ですが、「家族のため」「ストレスがたまっている」という原因を自分で知っていることは大切です。

 さて、「因果」の法則は単純明快なのですが、面白いことが二つあります。

 一つは、縁や結果が新たな原因や縁になって、次々に連鎖していく点です。私が働くという縁が、家族にしてみれば「働いてくれてありがとう」と感謝する心を育てる縁になり、感謝の多い人生を送るという結果になるかもしれません。私の二日酔いという結果が縁となり、胃腸薬の販売拡大という結果になります。

 縁や結果が、次にどのような原因、縁、結果になるか予想できるものもありますが、多くは予想不可能です(私の働きすぎや二日酔いの経験が、この記事で使えるという結果になるとは思いもしませんでした)。

 もう一つ面白いのは「"縁がない"という縁」です。外出という結果を出すためには、外でやることがあるという縁が必要ですが、駅まで行く自転車が盗まれていない、バスや電車が止まっていないなど、自分ではどうしようもない縁も必要なのです。

 困難な状況になったら、自分の力ではどうすることもできない膨大な縁を思い、「なるほど、これではしかたない」と明らかにした上で、潔く諦めることは大切です。自分でどうしようもないことは悩まずに、さわやかに生きていきましょう。

(了)


あきらめる練習
名取 芳彦 著



名取 芳彦(なとり ほうげん)
1958年、東京都江戸川区生まれ。密蔵院住職。真言宗豊山派布教研究所研究員。豊山流大師講(ご詠歌)詠匠。密蔵院写仏講座・ご詠歌指導など、積極的に布教活動を行っている。著書にベストセラーとなった『般若心経、心の「大そうじ」』のほか、『「正しいこと」にとらわれなくても大丈夫』『気にしない練習』『ためない練習』(以上、三笠書房)、『3日間で驚くほど心が晴れる本』『煩悩力』(以上、PHP研究所)など多数ある。日本テンプルヴァンHPにて「名取芳彦のちょっといい話」(全200話)も好評。
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