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2013年11月6日
プレミアリーグの監督に学ぶプロフェッショナル・サラリーマンへの道
文・タカ大丸 (ポリグロット)
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ヴェンゲルが日本から持ち帰ったもの


 アーセン・ヴェンゲルが日本にいたのはわずか二年弱にすぎない。しかし、この間に彼は弱小だった名古屋グランパスを生まれ変わらせ、圧倒的な成績と濃厚な足跡を残した。直後に彼はプレミアリーグのアーセナル監督に就任し、16年たった今も監督を続けている。その間、リーグで4位以下に落ちたことは一度もない。
 ヴェンゲルがシーズン途中にもかかわらず日本を去った理由は、「日本での実績が欧州では認められない」「このままでは忘れられて欧州に帰れなくなってしまう」だったという。しかし、日本での経験は、間違いなく彼の中で生きていた。

 ヴェンゲルは西ドイツ(当時)との国境に近いフランス東部に生まれ育った。当時のフランスは、いまだに第二次世界大戦の傷が癒えず、ドイツ人やヨーロッパに対する不信感を植え付けられて育ったという。しかし、好奇心が抑えきれなかった彼は西ドイツに入ってみた。その時の回想を聞いてみよう。

 「私は好奇心を抑えきれず、国境を越えて西ドイツに入ってみた。すると、そこには私たちとまったく同じ人間が暮らしていた。誰もが人生を楽しみ、幸せを求めていた。同じように仕事に行き、帰宅し、我々とまったく同じように生活していた。結局、完全な善人もいなければ完全な悪人もいない、そしてみんな幸せになりたいのは同じなのだと悟った。」

 こうしてヴェンゲルは45歳で初めて母国フランスを離れ、日本に向かうことになる。日本での経験は、その後「イングランド人が一人もいない」とまで言われたイングランドのクラブ・アーセナルを率いていくうえで大きな糧になったようだ。

 「(日本での)あの経験から、あらゆる人間は教育の過程の一環で14歳になる前に六カ月か一年か異文化の中で暮らすべきだと確信するようになった。それによって、生まれつきのライフスタイルが唯一のものではないことが分かるようになるからね。そして、さらにオープンマインドになれる。我々全員が、それぞれの異文化に美点があることを知る必要があるんだ。自分の文化の中で生きていれば心地がよいのはわかる。だが、それだけが唯一の生き方ではない。それを伝えることができるのがスポーツなんだ。」

 そんな彼は、若くして多くのものを与えられた選手たちの奮起を促すべくスポーツの意義と力を訴える。

 「人間は、相手と一言も話さなくても感情をあらわすことができる。今でも選手時代のことでよく覚えているのは、一言も話せないロシア人の選手からいいパスを受けて、同じ感情を共有できたと実感した時のことだ。同じ意味で、言葉を交わすことがなくても同じ音楽を感じて、一緒に踊って感情を分かち合うことができる。だからこそ、スポーツは素晴らしい。言葉でコミュニケーションしなくても感情を分かち合い、喜び合うことができるのだ。そんな感情が生まれれば、ぜひコミュニケーションしてみたいという欲が心の中に生まれてくる。こんな素晴らしい思いができるのだから、この人のことをもっと知りたいと思えるようになるのだよ。」

 「その意味で、スポーツは共存する世界のあり方を示すことができるのだと思う。明日の世界では、今日よりもさらに誰もが共に生きていかなければならない。その点で、フットボールをはじめとする人気スポーツは社会の一歩先を進んでいると思う。一つのクラブに18の国籍の選手が混在し、お互いを信用して何か大きなものを作り上げようとする―すばらしいと思わないかい?」

 あなたは、どのようにして部下に仕事の意義を訴えているだろう? どんな「物語」がそこにひそんでいるだろう?


ザ・マネージャー
名将が明かす成功の極意
マイク・カーソン 著  タカ大丸 訳



【著者】マイク・カーソン(MIKE CARSON)
5年間にわたりマッキンゼー&カンパニーに勤務し、現在はアバーキン社の共同経営者として自身のコンサルティング事業を手掛ける。リーダーシップの専門家でもあり、マンチェスター・シティのファン。ウィンチェスター在住で、妻と四人の子供がいる。

【訳者】タカ大丸(たかだいまる)
有限会社オフィス・スカイハイ代表。英語同時通訳・スペイン語翻訳者のポリグロット。ほかに、韓国ドラマの字幕制作も手掛ける。ニューヨーク州立大学ポツダム校とテル・アヴィヴ大学で政治学を専攻。現在もテレビ局での通訳、レポーターなどをしながらスペイン語の翻訳書『モウリーニョのリーダー論』『モウリーニョ成功の秘密』(ともに実業之日本社)、英語から 『クリスティアーノ・ロナウド』、『ソロ?希望の物語』を手掛ける。
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