スキルアップ
2014年1月22日
なぜ「正論」を言われるとムカツクのか
[連載] 「説得」に関わる人間の心理法則【1】
『論理的に説得する技術』より
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「説得」とは、簡単に言えば、「人にいい分を通す」ということです。これには説明力のほか、相手の心理を想像する力や、説得しやすい状況をつくる力などが欠かせません。この連載では、論理的に説得するために覚えておきたい人間の心理法則を、いくつか紹介していきましょう。


人間の心は感情で動く


人間は感情の動物。特に日本人の場合、どれほど論理的に正しくても、感情面で反発されると、 相手の気持ちを動かせないことがある。これでは説得できない ※クリックすると拡大

 人を説得しようとするとき、どんなに正当な論理を主張しても、なかなか納得してくれないことがあります。

 たとえば、販売促進のための社内会議でそれぞれの提案について議論している場を考えてみましょう。どう考えても理屈のうえではこちらが正しいのに、なぜ納得してくれないのかと腹立たしく思ってしまうことはよくあります。そんなときは、いったん議論を止めて、相手の気持ちを考えてみる必要があります。

 相手の立場に立ったときの自分の心境を想像してみましょう。あなたが、一所懸命考えた販売促進のための案を、別の人が頭ごなしに否定したら、どんな気持ちになるでしょうか? その案ではコストがかかりすぎて現実的ではないと、数字で示しながら論理的にこちらの提案を崩しにかかっています。たしかに相手のいうように、コストがかかりすぎるのは承知しています。しかし、相手の案もリスクを回避することばかり重視して効果が上がるとは思えない─そんな状況で、すんなりと降参できるはずがありません。

 冷静に考えれば、相手の意見のほうが正しいことはわかります。相手の指摘が当たっているからこそ余計に腹が立つのです。自分の非をとがめられたり、自分の欠点を指摘されたりすると、それが当たっていればいるほど劣等感が刺激されて、自尊心を傷つけられるため憤慨します。

 傷つけられたのは、論理ではなく、感情なのです。

 これは、人間がもつごく自然な心の働きです。あとから考えれば、なぜあのときあんなにも意固地になってしまったのかと自分でも不思議に思うことがあります。そうした心の働きの背後には、無意識の衝動がうごめいているのです。

感情の力は想像以上に強い


無意識下にある感情を抑制できる人には理屈が通じるが、感情が豊かな人には、理屈だけでなく 感情に働きかける必要がある

 精神分析を創始したフロイトによれば、人の心の深層には、無意識という、意識することのない心の領野が広がっています。人間の心を大海に浮かぶ氷山にたとえ、私たちの意識の世界は、海面に頭をだしている氷山のほんの一部で、その下には何倍もの大きさの無意識という氷山があると考えました。無意識の領野には、理屈では説明できない欲望や願望がうごめき、そこでは、冷静な理屈による判断は存在しません。

 フロイトの精神分析理論によれば、無意識の世界は快感原則に支配されています。その場だけの要求を満たせればいいし、衝動を発散できればかまいません。あとからどうなるのかとか、こうした場合はこのようにふるまわないとまずいといった理性的な抑制が利かず、その場の快楽を追求してしまいます。ここでは、好き嫌いといった感情が支配しているのです。

 世の中には、無意識に潜む感情を抑制して理屈で動ける人と、理屈ではわかるけれど、どうしても気持ちが受けつけないという人がいます。冷静なタイプの人には、理路整然と説明することで説得することができますが、感情的な相手の場合には、気持ちを通い合わせる必要があります。

 感情の豊かな人は、人の気持ちに共感することができ、気持ちに従って動くものです。ゆえに、仕事仲間ならチームワークを強化するためにお茶でも飲みながら不満を聞いたり、取引先なら何度も顔をだして相手の近況を伺ったりなど、一見無意味に思えるかもしれない気持ちをつなぐケアを日ごろからしておくことが、いざ説得の段階で功を奏することになるのです。

 説得メッセージの送り手が冷静なタイプである場合、淡々としすぎていて気持ちの交流をもちにくいのが欠点になることもあります。人間には、理屈で説得できない無意識があり、自分の話をいきなり否定されたり間違いを指摘されれば、一層かたくなな態度を貫いてしまうことを肝に銘じなければなりません。

(第1回・了)





論理的に説得する技術
相手を意のままに操る極意
立花 薫 著 榎本博明 監修



【著者】立花 薫(たちばな かおる)
医療・福祉業界勤務を経て、大学・研究所で心理学調査研究に携わる。現在、MP人間科学研究所研究員。著書に『「ゆるく生きたい」若者たち』(廣済堂新書)、『論理的に説得する技術』(サイエンス・アイ新書)がある。

【監修】榎本 博明(えのもとひろあき)
1955年、東京生まれ。東京大学教育心理学科卒業。東京都立大学大学院心理学専攻博士課程中退。カリフォルニア大学客員研究員、大阪大学大学院助教授などを歴任。現在、MP人間科学研究所代表。心理学博士。おもな著書に、『<私>の心理学的探求』(有斐閣)、『「自己」の心理学』(サイエンス社)、『<ほんとうの自分>のつくり方』(講談社現代新書)、『「上から目線」の構造』『「やりたい仕事」病』(日経プレミアシリーズ)、『ビックリするほどよくわかる記憶のふしぎ』(サイエンス・アイ新書)などがある。
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