スキルアップ
2014年2月18日
なぜ人は「いまだけ」「ここだけ」に弱いのか
[連載] 「説得」に関わる人間の心理法則【3】
『論理的に説得する技術』より
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スリーパー効果─人は情報源を忘れてしまいやすい


 説得的コミュニケーションの効果には、コミュニケーター(送り手)の信憑性が影響します。

 送り手の信憑性が高い場合には、説得内容の効果に送り手の信憑性の効果が上積みされ説得効果が大きくなるのですが、送り手の信憑性が低い場合には、説得効果が送り手の信憑性の低さによって割り引かれてしまいます。

 このことから、信憑性の高い送り手からの説得が効果的だということはもうおわかりいただけたと思います。ところが、ここに1つ大きな落とし穴があるのです。

 それがスリーパー効果です。

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 ホヴランドとワイスの、情報源に関する実験を見てみましょう(図参照)。実験協力者に、ある偏った内容の意見文を読ませて、「どの程度信用するか」を尋ねました。半分の人には「この意見文は権威ある科学雑誌に掲載されたもの(信憑性が高いもの)だ」と伝え、残りの半分の人には「あまり信用できない雑誌に掲載されたもの(信憑性が低いもの)だ」と伝えました。

 その結果、信憑性が高い情報源からの意見文だと知らされた人たちのほうが、信憑性が低い情報源からのものだと知らされた人たちよりも、意見文の内容を信用する率がはるかに高いという結果が得られました。

 これは当然のことといえるでしょう。

 ところが、その4週間後に再度意見を求めたところ、興味深い結果が得られたのです。

 以前に信憑性の高い情報源と伝えられていた人たちでは前回より信用する率が減少し、逆に信憑性の低い情報源と伝えられていた人たちでは信用する率が増加して、両者の差がなくなっていました。

 つまり、情報源による効果が消えてしまったのです。

 当初、意見文を見て「本当かな?」と信じられない内容でしたが、信憑性が高いと伝えられた群では、有名な科学雑誌に掲載されたのだからきっと本当なのだろうと思い込み、信用率が高かったわけです。ですから、信憑性が高い情報源だったとの記憶が薄れたと考えられます。逆に、信憑性が低いと伝えられた群では、「いい加減なことをいってるな」「そんなことあるはずがない」と思い、信用率が低かったわけです。ですから、信憑性が低い情報源だったとの記憶が薄れたと考えられます。

 人間の記憶の性質の1つに「情報ソースを忘れやすい」というものがあります。ここでも時間とともに、なにに掲載されていたのかを忘れてしまったのです。

 このように、当初は情報源の信憑性が低いため説得効果が乏しかったのに、一定の時間が経過すると情報源の信憑性の影響が薄れ、説得効果が増大することをスリーパー効果といいます。

 「この話は誰から聞いたんだっけ?」「これはどこで見たんだっけ?」という経験は、誰もが日常的にしていると思います。内容そのものはインパクトがあって覚えていても、情報源を忘れてしまうのです。

 人間は忘れる動物です。ベテラン営業マンが担当したから大丈夫だとタカをくくっていると、時間が経つに従って説得効果は薄れてしまいます。ですから、相手が説得内容に触れる機会を定期的にもつ努力を怠らないようにしましょう。

 一方、まだ経験が浅い担当者だからと希望を捨てる必要はありません。最初は「なんだ、新人か」と話を半分しか聞いてもらえなくても、相手の心のどこかに残るような工夫をすることで、ジワジワと効果を発揮し、「そういえば、あの話がもう一度聞きたい」と思ってもらえるかもしれません。

(了)





論理的に説得する技術
相手を意のままに操る極意
立花 薫 著 榎本博明 監修



【著者】立花 薫(たちばな かおる)
医療・福祉業界勤務を経て、大学・研究所で心理学調査研究に携わる。現在、MP人間科学研究所研究員。著書に『「ゆるく生きたい」若者たち』(廣済堂新書)、『論理的に説得する技術』(サイエンス・アイ新書)がある。

【監修】榎本 博明(えのもとひろあき)
1955年、東京生まれ。東京大学教育心理学科卒業。東京都立大学大学院心理学専攻博士課程中退。カリフォルニア大学客員研究員、大阪大学大学院助教授などを歴任。現在、MP人間科学研究所代表。心理学博士。おもな著書に、『<私>の心理学的探求』(有斐閣)、『「自己」の心理学』(サイエンス社)、『<ほんとうの自分>のつくり方』(講談社現代新書)、『「上から目線」の構造』『「やりたい仕事」病』(日経プレミアシリーズ)、『ビックリするほどよくわかる記憶のふしぎ』(サイエンス・アイ新書)などがある。
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