ビジネス
2014年5月15日
「ゲーミフィケーション」とは何か?
『ゲーミフィケーションは何の役に立つのか』より
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プロジェクトの失敗はエンゲージメントの欠如が原因


 フォックスメイヤー・ドラッグの例を見てみよう。1993年時点で、この企業は米国で4番目に大きなドラッグストアチェーンだった。同社は、ソフトウェアマネジメント企業のSAPやビジネスマネジメントコンサルティング企業のアンダーセン・コンサルティング(現アクセンチュア)と組み、倉庫業務を自動化するバックエンドシステムとして稼働する、新しい基幹業務ソフトウェア(エンタープライズ・リソース・プランニング、ERP)への移行プロジェクトを開始した。18カ月をかけた積極的な導入だったが、同社は1つ大きな間違いを犯していた。それは、社員をエンゲージさせることを忘れていたのだ。

 新しいソフトウェアの導入によって期待される効率の向上を見越して、同社は倉庫をいくつも閉鎖し始めたが、数千人の従業員は恐怖を感じながら眺めていた。意味のあるどのレベルでも、マネージメントからまったく蚊帳の外に置かれた社員たちは、自分たちが機械に取って代わられてしまうとしか考えられなくなっていた。そんな恐怖心は一切不要というわけではなかったが、実際のところ、同社はほとんどの社員を解雇するつもりはなかったのだ。しかし、経営陣はその考えを従業員に伝えなかった。同社の経営陣からの透明性と情報や方針の伝達の欠如が不幸の始まりだった。

 一部の社員は、状況をただ眺めているのではなく、新しいソフトウェアシステムと施設自体に妨害行為を働くという攻撃に出た。社員が抵抗しているにもかかわらず、結局そのソフトウェアは導入され、その結果は期待外れに終わった。本来なら円滑に移行するはずが、完全に大失敗に終わってしまったのだ。社員の士気は失われ、同社の将来に多大な悪影響を及ぼした。50億ドル企業だった同社は、1998年までに倒産した。

 フォックスメイヤー、アンダーセン、SAPの3社は、このERPの移行での対応の拙さについて、何年もの間、法廷で非難しあってきたが、経営陣と従業員との間のエンゲージメントの欠如が、新しいプロセスと企業自体の両方が消滅に至った主因となったのは間違いない。

 しかし本当のところ、そんなドラマチックな例を引き合いに出すまでもなく、経営陣と社員の間だけでなく、経営陣、社員そしてビジネス戦略の間のエンゲージメントの欠如によって生じる危機を見ることができる。ごく一般的な企業なら、IT部門の歴史の中で、社員の反対のせいで失敗に終わったプロジェクトは山のようにあるだろう。実際、スタンディッシュ・グループ(企業のIT投資に関するコンサルティングおよび関連ツールを提供する企業)の2011年版CHAOSレポートでは、多くの場合、活用とエンゲージメントの欠如が原因で、企業のソフトウェアプロジェクトの21%が失敗に終わり、そのコストは数十億ドルに上ると推定されている。

深刻さが増す顧客とのエンゲージメントの低下


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 これが顧客側の場合には、話はもっとドラマチックになる。マイクロソフトのリサーチフェローであるチャオ・リューによれば、あるウェブサイトに初めて訪れた平均的なユーザーは、そのウェブサイトに留まるかどうかを10秒以内に判断するという。そしてそれが30秒を超えるなら、幸運にもまるまる2分間、訪問者の注意を引くことができる。モバイルプラットフォームにおいては、ユーザーのエンゲージメントはもっと容赦がない。モバイルに関する情報のエキスパートであるローカリティクスによれば、69%以上のモバイルアプリユーザは、1つのアプリに総計で10回以下しかアクセスしない。またFlurry Analytics(スマートフォンアプリのアクセス解析ツールを提供する企業)による調査ではさらに、90日以内にある特定のアプリに戻ってくるユーザーは、たった25%に過ぎないということがわかった。(図0・2)

 このようなエンゲージメントの低下の深刻さは、スマートフォンユーザを主なターゲットとしているアプリ開発者も認識している。そしてとても興味深いことに、注視する平均的な時間の減少は、スマートフォンユーザにだけ起きていることではない。デスクに座っている顧客、ショッピングモールに車を走らせる顧客、そしてテレビの前に座っている顧客でも、ブランドに引きつけることがますます難しくなってきている。

 ビジネスとしての成功は、顧客と従業員の両方の注意をひき、それを維持できるかどうかにかかっている。残念なことに、そもそも注意をひくということが、ますます実現困難になってきている。2011年のある調査によれば、動きの早いアニメを9分以上見せられた4歳児のグループは、そうでないグループに比べて、明らかに実行機能スキル(複雑な課題の遂行に際し、課題ルールの維持やスイッチング、情報の更新などを行うことで、思考や行動を制御する認知システム、あるいはそれら認知制御機能の総称)が劣っていることがわかった。

 心と身体の繋がりを専門とする一流の精神科医で、医学博士のトレイシー・マークスは、大人は子供と同じように実行機能を失うわけではないかもしれないが、それは外部のノイズの大部分を受け取らないようにできるかどうかに大きく依存していると考えている。

 言い換えれば、オフィスや家庭、帰宅時に運転する車の中にあるコンピュータやテレビ、モバイル機器に競うように現れるアイディアやウェブサイト、プロジェクトを取捨選択すること全体が、実際、私たちが目にするものの大部分に注意が向いてしまうことを防げているのだ。それによって、ストレスが大きくなり、潜在的に私たちの感覚は麻痺してしまうことになる。この傾向は衰えることがなく、市民サービスから金融、工学、そして小売りといった広い範囲の産業に影響を与えている。



ゲーミフィケーションは何の役に立つのか
事例から学ぶおもてなしのメカニクス
ゲイブ・ジカーマン、ジョスリン・リンダー 著/田中幸 訳/株式会社ゆめみ 監修



【著者】ゲイブ・ジカーマン(Gabe Zichermann)
顧客と社員のためのエンゲージメント戦略デザインの第一人者。Gamification Coの創設者でCEO、またGSummitの議長として、エンゲージメントの科学と、意味のある体験のデザインに力を注ぐ世界中のコミュニティを支援している。また、ゲーミフィケーションの専門家によるコンサルティング提供会社のDopamineの共同設立者でもあり、同社ではベンチャー企業やフォーチュン500に載る企業、そして政府機関と共同で、世界をもっとエンゲージできる場所に変えようとしている。もともとトロント出身。現在はニューヨーク市に住み、Founder Institute(世界最大の起業家養成プログラムで、世界55都市で展開)のニューヨーク市担当の共同取締役と、StartOut.org(同じく、起業家養成を目的とする非営利組織)の理事にも名を連ねている。

【著者】ジョスリン・リンダー(Joselin Linder)
2010年に、ゲイブ・ジカーマンとともに『Game-Based Marketing』を著した。彼女はNPR(元々はNational Public Radio。米国内の900ある公共ラジオ放送を束ねるNPO)の「This American Life」と「Morning Edition」にも貢献し、人間関係やユーモア、ゲームに関する書籍の著者でもある。また、彼女はAOLやGamification Coのブログに定期的にコラムを執筆している。
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