カルチャー
2014年7月7日
東洋思想に頼らない「サイエンス漢方」とは?
[連載] 西洋医が教える、本当は速効で治る漢方【2】
文・井齋偉矢
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東洋思想を思い切って切り捨てることで漢方は飛躍する!


 日本の医者はみな、科学的根拠(エビデンス)に基づいた西洋医学中心の教育を受けています。ですから、西洋医学とはまったく別の医学体系をもち、まして根拠のあいまいな漢方を受け入れるのは容易ではありません。

 実際にある医者が私にいいました。

 「漢方薬で病気が治ることがあったとしても、その作用機序(効果のしくみ)が納得できなければ、私は漢方薬による治療は行なわない」

 これは多くの医者のホンネだろうと思います。

 患者さんの中には「病気が治るなら理屈などどうでもいい」と考える人もあるでしょう。しかし、医者というのは人の命を預かる職業です。治療の拠り所どころとなる理論に納得できないまま、患者さんに勧めることに抵抗感を抱くのは至極当然で、とても大切なことでもあるのです。

 不明瞭な理論では、医者によって薬の出し方がバラバラになることも考えられます。熟練の漢方医が長年磨き上げた独自の〝勘〟で、オリジナルの処方をするのはいいとしても、初心者の漢方医が自分の思い込みで見当違いの処方をする可能性も否めません。これでは効果が出ないだけでなく、安全性も担保されなくなります。

 東洋思想という余計なハードルがあるばかりに、漢方による治療を敬遠してしまう医者が少なくない現状は、日本の医療、ひいては人類の医療においてとても不幸なことです。古人がせっかく遺してくれた素晴らしい財産が無駄になってしまいます。

 漢方薬を効果的かつ安全に処方するには、「道」として極めるより、科学的に理解して運用するほうがはるかに実用的です。多くの人の理解を得るためには、やはり共通の言葉で論じることが必須でしょう。それには科学的手法に勝るものはないと、私は考えています。

 東洋思想に基づいて漢方処方をしている医者の中にも、現代人にわかりやすい言葉で説明しようとしている人はいます。私もかつて、東洋思想を現代医学の視点から解釈しようと努力したことがありました。しかし、途中でやめました。後付けされた東洋思想を解読するのは時間の無駄だと気づいたのです。東洋思想に縛られている限り、漢方に未来はないと思いました。

 漢方は、なにも特別な治療法ではないのです。要は西洋薬と同じように、あくまで「薬」として使うことができればいいわけです。東洋思想はバッサリ切り捨て、現代医学の視点で漢方薬の効果としくみを解明し、西洋薬と同等に処方できる環境を整えることが、漢方の普及に欠かせないと考えました。そこで私は「サイエンス漢方処方」という新たなアプローチの仕方を提唱しています。

「サイエンス漢方処方」が医学の質を飛躍的に高める


 サイエンス漢方処方の基本的な考え方は、現代薬理学の側面から漢方薬の科学的な位置づけを明確にし、すべての医者が違和感なく、現代医療の枠組みのなかで漢方薬を効果的かつ安全に使用できる環境を整備することにあります。

 これこそが、結果的に現代医学の質を飛躍的に向上させることにつながると、私は確信しています。

 東洋思想を学ばなくても、現代医学の手法でノウハウを身につければ、正しい薬を処方できます。実際にうちの病院に来る研修医には、私は思想的なことは一切ふれずに漢方処方を教えています。これがまさにサイエンス漢方処方ですが、このやり方でも十分に漢方薬を使いこなせるようになります。サイエンス漢方処方で薬を出しても、最終的には従来のやり方と同じ漢方薬にたどりつくのです。つまり、東洋思想は、漢方薬を処方する上で必須のものではありません。

 現代医学と共通した手法で漢方薬を処方できるようになれば、漢方に対する既成概念がきれいさっぱり払拭されて、漢方薬が特別な薬ではないことに気づきます。少なくとも、いま私の中では、西洋薬と漢方薬の区別はありません。西洋薬と漢方薬のどちらがいいというのではなく、それぞれの特徴を生かして上手に組み合わせたり、使い分けたりすることが、最も有益だと確信しています。

 まず治したい症状があって、そこにそれぞれ適した薬を処方していく。そのときに、ある領域においては漢方がすごく使えますよ、ということです。前回お話しした肺炎のような急性の感染症は、その代表的なものです。

 サイエンス漢方処方によって、西洋薬と漢方薬をうまく使い分けられるようになれば、医者にとっても、患者さんにとってもこの上ない福音となります。医者は病気と闘うための戦略が一気に増えますし、患者さんはずっと悩んでいた症状が解決される道が拓けます。前記したように、医学の質が飛躍的に向上していくことは間違いありません。

 これを実現するには、漢方薬が有効であるという臨床データを積み上げる一方で、なぜ有効なのかという科学的根拠を、誰もが納得する形で示すことが必要不可欠です。これこそ、サイエンス漢方処方の目指すところでもあるのです。

(了)





西洋医が教える、本当は速効で治る漢方
井齋偉矢 著



【著者】井齋偉矢(いさいひでや)
1950 年、北海道生まれ。北海道大学卒業後、同大学第一外科に入局。専門は消化器外科、肝臓移植外科で日本外科学会認定専門医。1989 年から3 年間オーストラリアで肝臓移植の臨床に携わる。帰国後独学で漢方治療を本格的に始め、現在、日本東洋医学会認定専門医・指導医。2012 年にサイエンス漢方処方研究会を設立し理事長を務める。医療法人静仁会静仁会静内病院(漢方内科・総合診療科)院長。著書に『西洋医が教える、本当は速効で治る漢方』がある。
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