カルチャー
2014年7月7日
東洋思想に頼らない「サイエンス漢方」とは?
[連載]
西洋医が教える、本当は速効で治る漢方【2】
文・井齋偉矢
前回は、じっくりと体質を改善する薬という認識が強い漢方薬には、意外にも速効性があることを紹介しました。今回は、『西洋医が教える、本当は速効で治る漢方』の著者・井齋偉矢が提唱している「サイエンス漢方処方」について解説しましょう。
漢方薬は保険適用薬になっているが、普及率はまだ低い
漢方薬は1967年に保険薬として認可され、現在では、148処方が保険適用薬となっています。いまや日本の医者の約9割が処方しているといわれていますが、本当の意味での普及はそれほど進んでいないのが実状です。日本国内で処方されている保険薬の中で、漢方薬が占める割合は2%を切っています。もしも、炎症を抑える漢方薬の働きが広く知られるようになり、西洋薬と併用してもっと積極的に医療機関で使われるようになれば、処方率は10%を軽く超えるでしょう。
漢方薬が前記したような素晴らしい力を持っていることを考えると、現代医学の中で十分に活用されていない現状が残念でなりません。なぜ十分に活用されないのかというと、最大の理由は科学的な根拠が不明瞭だという点に尽きます。
漢方はこれまで「陰陽論」「五行説」という、きわめて観念的な東洋思想をベースとした独自の診断法、治療法で実践されてきました。すなわち、「四診(ししん)」と呼ばれる診察で、医者が五感をフル稼働させながら、ひとりひとりの患者さんの「証(しょう)」(症状や体質など)を見極めたうえで、「気血水(きけつすい)」という三つのバランスにより体の不調の原因を探って治療方針を立てていくというものです。
しかし、患者さんが来るたびにおなかをさわったり、舌を診たり、口臭をかいだりしなくても、患者さんの話をしっかり聞いて、全身の状態を診るというスタイルだけで、漢方薬の処方は十分にできます。これは西洋医学では日常的な診察で行われていますし、漢方医学では「望診」「問診」と言われているものです。
漢方の処方に「陰陽論」や「五行説」は必須ではない
陰陽論、五行説などを診療に取り入れる必要は特にありません。強いて言えば、漢方医学というものを権威づけるためのこけおどしにはなるかもしれません。そもそも、中国で二千年前に編纂された前出の『傷寒論』には、陰陽論や五行説に関する記述はありません。古代の自然観としての「陰陽論」「五行説」の考え方は、当時すでに存在していましたが、それをもとに中国の伝統医学が成立したわけではないのです。
つまり、漢方のセオリーとして提唱されている東洋思想は、のちの時代に後付けされたものにすぎないのです。
「証」についても同様です。「証」が漢方薬処方に必須であるという考え方も、古来よりあったものではありません。その歴史は思いのほか新しく、「気血水」の理論にいたっては戦後になってから提唱されたものです。
そのような根拠に乏しく、かつ、医者個人の感覚に大きく左右される診断法を、人の命を預かる医療現場で用いるのはとても危ういことでもあります。漢方医の多くが急性期の病気を診ないのは、そうしたところにも理由があるのではないかと深読みしてしまいます。
もちろん、この診断法で漢方薬を処方し、治療成果をあげている先生方はたくさんいらっしゃいます。ですから、このやり方に抵抗感のない人は、やっていただいて構わないのです。ただ、わかりにくい観念的な理論であるために、漢方というものに対する門戸が狭くなっていることに対して、私はずっと違和感を抱いてきました。
漢方医療を取り巻く閉鎖的な状況が普及を妨げてきた
中国では『傷寒論』が編纂されるずっと以前から、経験的な試行錯誤をくりかえす中で、さまざまな漢方薬のレシピが開発されてきました。おそらく、最初は身の回りに繁茂している野草の中から、「これを食べたらおなかの痛みがやわらいだ」「あの草で熱が下がった」といった民間伝承的なところから始まったのでしょう。場合によっては、有毒な野草を口にして命を落とすような悲劇も少なくなかったと思われます。そうした経験的な臨床実験を重ねるうちに、危険なものや効果の弱いものは淘汰され、安全で質の高い漢方薬だけが取捨選択されてきたわけです。
しかし、時代が進んで漢方薬が広く使用されるようになり、医学として体系化されていく過程で、今度は「なぜ効くのか」という根拠を示す必要がでてきました。そこで、紀元前の昔からあった東洋思想を引っぱってきて強引に当てはめ、さらにもっともらしい診断法を上乗せして、現代のような観念的理論ができあがったと推測されます。
日本では、そうした歴史的背景がまったく考慮されずに、とにかく漢方は東洋思想から入ることが原則とされています。医学部の教育はもちろん、一般向けの健康書にまでご丁寧に「陰陽論とは何ぞや」「五行説とはこういうことですよ」といった説明が細かく書かれています。
極端にいえば、医学という範疇を超えて、哲学、ひいては「道」として極めた者しか漢方を実践してはならない、あるいは漢方の恩恵を受ける資格はないという圧力さえ感じます。
そのような考え方が好きな人はそれでやっていただくとして、そうでない人は漢方に対して尻込みしてしまいます。
医療機関で漢方薬が処方される比率が頭打ちとなっている背景には、こうした漢方医療を取り巻く閉鎖的な状況が大きく影響していると考えられます。
[連載]西洋医が教える、本当は速効で治る漢方 記事一覧
[1]意外!? インフルやノロも半日で治す「漢方薬」の速効性
[2]東洋思想に頼らない「サイエンス漢方」とは?
[3]漢方がもっと身近になる! 漢方薬にまつわる素朴な疑問5つ
[1]意外!? インフルやノロも半日で治す「漢方薬」の速効性
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【著者】井齋偉矢(いさいひでや)
1950 年、北海道生まれ。北海道大学卒業後、同大学第一外科に入局。専門は消化器外科、肝臓移植外科で日本外科学会認定専門医。1989 年から3 年間オーストラリアで肝臓移植の臨床に携わる。帰国後独学で漢方治療を本格的に始め、現在、日本東洋医学会認定専門医・指導医。2012 年にサイエンス漢方処方研究会を設立し理事長を務める。医療法人静仁会静仁会静内病院(漢方内科・総合診療科)院長。著書に『西洋医が教える、本当は速効で治る漢方』がある。
1950 年、北海道生まれ。北海道大学卒業後、同大学第一外科に入局。専門は消化器外科、肝臓移植外科で日本外科学会認定専門医。1989 年から3 年間オーストラリアで肝臓移植の臨床に携わる。帰国後独学で漢方治療を本格的に始め、現在、日本東洋医学会認定専門医・指導医。2012 年にサイエンス漢方処方研究会を設立し理事長を務める。医療法人静仁会静仁会静内病院(漢方内科・総合診療科)院長。著書に『西洋医が教える、本当は速効で治る漢方』がある。