スキルアップ
2014年10月1日
漫画『カイジ』から学ぶ「不利な状況に追い込まれないための極意」
[連載] ゲーム理論で身につける、勝つための駆け引きの極意【3】
文・安部徹也
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逆転の発想で勝利を収める


 古畑と安藤に勝利したのち、カイジ達の前にパー買占めグループが姿を現します。そして、リーダー格である北見が、最後の1戦としてカイジに挑戦状を叩きつけたのです。カイジは1戦だけでなく、どちらかが星がなくなるまで戦う"デスマッチ"を提案しますが、北見は拒否。あくまでも1戦のみにこだわります。

 そこでカイジは残り時間からここである程度の星を確保しておかなければ、勝ち上がる可能性は低くなると判断し、グループすべての星3つを賭けた大勝負を提案します。負ければ3人もろとも地獄に落ちることが確定する危険な賭けに古畑と安藤は大反対しますが、何とか説き伏せて勝負のテーブルに付きます。ただ、カイジにはこの1戦は無謀な戦いではなく、確かな勝算のある戦いだったのです。

 パー買占めグループは、すでに星12個を3人で保有しており、カイジとの1戦を最後に勝者として会場を後にすることを宣言しています。つまり、これは1枚だけカードが余っているということであり、この1枚を使い切れば後はグループ内で残りのカードを"あいこ"で消費していくという作戦なのです。ここで「1枚余ったカードは何か?」が問題となってきますが、それはパーである可能性が非常に高いということにカイジは気付いたのです。

 カイジの推理はこうです。

 パー買占め派はパーを中心にカードを集めていきますが、買い占めの過程で怪しまれないようにグーやチョキも少しずつ購入していきます。ただ、このグーやチョキは偶数で揃え、最後にグループ内で"あいこ"で消費できるようにしておかなければなりません。一方でパーはグー買占め派と対戦するカードであり、偶数や奇数にかかわらず購入していくというのです。

 もしこの仮説が正しければ、余るカードはパーしかあり得ず、カイジはチョキを出せばここ一番の大勝負に勝利することができます。

 二人は勝負のテーブルに付き、カードをセットします。ここで北見は嫌な予感がして、勝負を止めようとしますが、時すでに遅し。セットに入ったら勝負は中断できないと審判員に注意されると、しぶしぶカードをめくります。

 出て来たカードは『パー』。

 カイジの推理が見事に当たり、崖っぷちでの大勝負に勝利し、カイジ達は残り1時間を切って星を6つまで増やすことに成功したのです。
 この大勝負に負けた北見をリーダーとするパー買占めグループは、それぞれの思惑が外れ、空中分解します。カイジはこの状況を見て、パーも買い占めることを決断。グーとパーを買い占めれば、会場で動くカードの実際の枚数を自分達だけが知ることができ、勝負に有利になると判断したのです。

 そして、カイジは古畑と安藤にパー買占めグループの二人からそれぞれ100万円で手持ちのカードをすべて買収することを指示。敵方の二人はあっさりとカードと現金を交換し、勝者として会場を後にします。

 これを受けてカイジは、最後に残されたリーダー格の北見のもとに歩み寄り、手持ちのカードをすべて引き取ると提案。「はした金ではカードは譲らない」と毒づく北見に対して、カイジの口からは逆に「200万円出せばカードを引き取ってやる」と驚きの言葉が飛び出してきたのです。

 カードを買い取るのではなく、「200万円を出したら引き取ってやる」という通常とは逆の発想です。

 カイジの言い分はこうです。

 北見のカードはほとんどがパーであり、これを会場にいる者が全員知ってしまえば、チョキを出せば勝てるということになります。また、仲間内で"あいこ"でカードを減らそうにも、先ほどまで組んでいた2人はカイジ達にカードを売り払って会場を後にしており、北見はリスクなくカードを減らしていく術を失っているのです。

 このような状況を踏まえれば、北見にとって今確保している星3つでさえキープすることが難しく、200万円支払っても、カードをすべてカイジに引き取ってもらい、現状の星3つでゲームを終了させる方が得策だというのです。

 ここまでくれば、北見に選択の余地はありません。カイジに200万円を支払ってカードを引き取ってもらうという屈辱の敗北感で会場を後にするしかなかったのです。

ホールドアップ問題に気を付ける


 ゲーム理論に『ホールドアップ問題』というものがあります。『ホールドアップ問題』とは、すでに多額の投資を行った段階では、引き返すこともできずに、たとえ相手に不利な条件を持ちかけられても受けざる負えない状況に陥ることです。

 たとえば、ストーリーの中では、パー買占めグループは、カードの買収に多額の資金を注ぎ込みましたが、一旦カイジとの大勝負に敗れるとグループは空中分解し、最後に残った北見は200万円を支払ってまでカイジにカードを引き取ってもらうという圧倒的に不利な条件を飲まされました。

 これと同じような展開はビジネスでも頻繁に見受けられます。

 たとえば、取引先の要請に応じて大規模な工場に設備投資したものの、数年後には景気が悪化して、取引先からの受注が計画通りに伸びずに稼働率が著しく悪化したような場合です。ここで、稼働率を高めるために、他の企業との取引を交渉するにしても、弱みは自社にあり、強気の交渉などできないでしょう。このような場合、自社にとって不利な条件でも、工場を稼働させないよりはましということで、ホールドアップ問題が発生する可能性が高まるのです。

 このようなホールドアップ問題の根本的な原因は『情報の不完備』にあります。つまり、ホールドアップ問題を避けるには、情報を完備することが有効な手立てとなるのです。

 ビジネスでいえば、しっかりとした契約書を作成し、情報を完備していくことが効果的な対策法になります。先ほどの事例でいえば、取引先の要請で工場を建設したのですから、設備投資が回収できる10年間は最低でもいくらくらいの発注を行うなど、事前に明確に取り決めを行っていればホールドアップ問題が起こる可能性を低くすることができるというわけです。

 やはり、相当な投資を行う際には、見通し違いで不利な状況に追い込まれないよう、できる限り事前に対応策を検討しておくことが重要な鍵を握るのです。

『賭博黙示録 カイジ』 福本信行著 講談社刊

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(第3回・了)





「やられたら、やり返す」は、なぜ最強の戦略なのか
ゲーム理論で読み解く“駆け引き”の極意
安部徹也 著



【著者】安部徹也(あべ てつや)
株式会社MBA Solution代表取締役。1990年九州大学経済学部を卒業後、現三井住友銀行入行。退職後、インターナショナルビジネス分野で全米No.1のビジネススクールThunderbirdにてMBAを取得し、経営コンサルティング及びビジネス教育を主業とする株式会社MBA Solutionを設立。代表に就任し、現在に至る。2003年から主宰する『ビジネスパーソン最強化プロジェクト』では2万6千人以上のビジネスパーソンが参加しMBA理論を学んでいる。主な著書に『最強の「ビジネス理論」集中講義』(日本実業出版社)、『超入門コトラーの「マーケティング・マネジメント」』(かんき出版)などがある。『ワールド・ビジネス・サテライト』(テレビ東京)を始めとした多くのニュース番組出演を始め、日本経済新聞、週刊ダイヤモンドなどのビジネス系メディアにも登場多数。現在は、一般社団法人日本MBA協会の代表理事としても、一人でも多くのビジネスパーソンにMBA理論を普及させるべく日々奔走している。近著は『「やられたら、やり返す」は、なぜ最強の戦略なのか』(SBクリエイティブ)
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