カルチャー
2014年10月2日
マイホーム購入で損をしない「賃貸サンドイッチ」とは?
[連載] 不動産を買うなら五輪の後にしなさい【6】
文・萩原 岳
  • はてなブックマークに追加

「住宅すごろく」の終焉と借り手優位の時代へ


 新築神話が根強い日本では、未だに「賃貸暮らし=半人前」という構図が成立している地域もあります。また、かつては、小さなアパートからスタートして、結婚して賃貸マンションに移り、出世して分譲マンションを購入し、いずれ売却して郊外の一戸建てを手に入れてゴールという、「住宅すごろく」が理想的だと言われていた時期もありました。賃貸住宅はあくまで持家までの仮住まいであり、不満はあっても仕方ないと、半ば諦められていました。

 しかしながら、昨今は都心部の若い世代を中心として賃貸住宅生活を楽しむ世帯も増加しています。背景には、時代による価値観の相違により、上の世代の住宅すごろくに魅力を感じなくなる一方、ライフプランやライフステージに応じて自由に住み替えのきくライフスタイルへの支持があります。また、昔と比べて魅力的な賃貸物件が増えていることも理由の一つでしょう。

 経済成長、人口増加社会においては、賃貸住宅はつくれば借り手がつくという、貸し手優位の時代が長らく続いていました。しかし、ただでさえ持家の普及率が6割を超えている中、人口減少による需要減と供給過剰により、需給のバランスは逆転し、今の賃貸市場は借り手優位であると言えます。これまでの優位性にあぐらをかいていた貸し手側の多くが空室に悩む中、魅力的な賃貸物件を提供することで市場を勝ち抜こうとする動きが出ています。

 防音や防犯設備など、設備・品質が整った物件はもとより、借主が内装をある程度まで自由にしていい物件や、ペット飼育専用物件、不動産ファンドなどが運営する都心の一等地マンションなど、探せば探すほど特色ある賃貸物件は出てきます。買い替えにあたり数年間だけの賃貸住宅生活を選択する場合であっても、満足のいく賃貸物件を見つけることができれば、充実した住生活を送ることができるでしょう。

「能動的な賃借人」という、新しいプレイヤーの出現


 特色ある賃貸住宅として、シェアハウスが例として挙げられます。単身者向けの住宅として、欧米では既存の物件を数人でシェアする住み方が一般的でしたが、日本ではワンルーム形式のマンションやアパートが普及したため、シェアハウスは一般的ではありませんでした。それが、2000年ごろから徐々に存在感を発揮し始め、近頃では最先端の住み方としてメディアを賑わせています。ルームシェアは1物件を複数人で同居する住み方ですが、シェアハウスとは入居者の個室がある一方で、バス・トイレが共同であり、共用のラウンジやキッチンが備え付けられている建物のことを指します。いわば寮のようなものです。 設備を共用する分、狭い専有面積でも快適な居住が可能であり、当初は経済的な理由からシェアハウスが選択されていました。しかし、最近ではシェアハウスにプラスαした「コンセプト型シェアハウス」が広がりを見せています。

 一例としては、「屋上にゴルフ打席スペースやシミュレーターを完備したゴルフ好きのためのシェアハウス」、「起業家の卵が集まるシェアハウス」、「防音室が完備してあり、住民同士のセッションも行われる音楽家のためのシェアハウス」、「保育所やお遊戯スペースが併設されたシングルマザーや子育て世代が集まるシェアハウス」など、数をあげればきりがありません。コンセプト型シェアハウスは大家や不動産業者が発案することもありますが、入居希望者などが自ら企画して大家を巻き込み実現することもあります。能動的な賃借人という、新しいタイプのプレイヤーが出現したことは、日本の不動産業界にとって画期的な出来事と言えるでしょう。

 シェアハウスではありませんが、コンセプト型の住宅として、畑付の賃貸アパート「エコアパート」があります。アパートの敷地に畑があり、入居者は好きな野菜を作ることができます。代表的なエコアパートとしては、足立区六町の「花園荘」が有名です。また、持家を購入する動機としても多いペット飼育についてですが、ニーズがある一方でペット可物件はまだ少ないのが現状です。その需給ギャップを解消するのが、猫付マンションです。保健所などから猫を引取り、里親募集や地域猫活動を行っているNPO法人東京キャットガーディアン(TCG)が日本で初めて取り組みました。入居希望者はTCGのシェルターで猫を選んでレンタルします。猫の飼育に不安な入居者はTCGが24時間体制でサポートをしているため、いつでも気軽に相談ができます。

確率論的に「不動産は縁」を検証すると......


 賃貸住宅は品質が悪い、というのがこれまでの定説でした。しかし、古い賃貸物件の中にも、素晴らしい物件は存在します。例えば、目黒区の泰山館です。土地所有者の小杉氏が建築家の泉幸甫氏と二人三脚で作り上げた自然共生型の賃貸マンションです。1990年に建てられていますので、既に築20年を超えているのですが、古ぼけた印象は全く受けず、むしろ風格さえ漂っています。最寄駅は東急田園都市線の駒沢大学駅なのですが、田園都市線沿線で物件を探している方はぜひとも一度は見学してもらいたいと思うほど、一見の価値ある物件です。また、その他にも、高級賃貸住宅の代名詞でもある「ホーマット」シリーズは、古いものですと築50年を経過していますが、未だに根強い人気を誇っています。一般には認知度が低いかもしれませんが、不動産業界の人間ならば誰しも憧れる垂涎の高級賃貸住宅です。

 「不動産の売買は縁だ」という意見もあります。確かにそうです。高い買い物ですから、なおさら縁は大事にしないといけません。

 しかし問題は、それが本当に「縁のある物件」なのか、それとも、単なるセールストークなのかを見極めなくてはいけない点にあります。物件探しは時間も労力もかかります。疲れてきた時に、不意に「縁ですから」と囁かれ、「これは妥協じゃない、縁だ」と信じこんでしまうことだって無きにしも非ずです。

 そもそも、「縁」のある物件に出会ったのは何件見学した内の1件でしょうか。数件でしょうか、10数件でしょうか。例えば30件見たうちの1件だとすると、確率としては約3%です。ということは、もう30件見れば同じような物件がもう1件、100件見れば全部で3件の「縁のある」物件に出会える計算になります。しかも、いわば素人の状態から始めていますので、物件を見学するに従って経験値は増えていきます。1件目よりも2件目、2件目よりも3件目の方が見つかりやすくなっているはずです。

 セールストークに煽られるのではなく真に縁のある物件と出会うためにも、しっかりとした知識と、現場経験、そして市況を読める冷静な判断力を身につける必要があります。

(第6回・了)





不動産を買うなら五輪の後にしなさい
不動産鑑定士がこっそり教える売買のコツ
萩原 岳 著



萩原 岳(はぎわら がく)
千葉県生まれ。東京外国語大学中国語学科卒業。株式会社アプレ不動産鑑定 代表取締役。不動産鑑定士。在学中より不動産鑑定業界に携わり、2007年不動産鑑定士論文試験合格、2010年不動産鑑定士として登録する。数社の不動産鑑定士事務所勤務を経て、2014年株式会社アプレ不動産鑑定を設立し、現職。相続税申告時の不動産評価など税務鑑定を専門とし、適正な評価額の実現を掲げ、相続人と共に「戦う不動産鑑定士」として活動する。また、実務で培った経験をもとに、「相続と不動産」について税理士、弁護士、不動産鑑定士など相続の実務家を相手とした講演活動も行っている。
  • はてなブックマークに追加