カルチャー
2015年2月25日
なぜイヌは、働くお父さんの言うことを聞かないのか?
文・佐藤えり奈
自分をボスだと思っている?
「イヌが飼い主に懐かないのは、自分のほうがボスだと思っているから」「飼い主よりも自分のほうが上だと思っているから」――こんな意見もよく耳にします。
この考え方は、いまから20年以上も前にオオカミの群れ(パック)でのようすを元に欧米で生まれたものです。日本ではいまでも根強く信じられています。
しかし、最近では、この群れ(パック)は、人為的につくり出されていた群れだったことや、科学的な根拠はなにもないことが明らかになり、欧米では時代遅れな考え方とされています。イヌは、力で制するだけでは飼い主に懐かないし、いうことも聞きません。
ちなみに、「父親に威厳があれば、イヌになめられない」という人もいますが、残念ながらそんな法則はありません。イヌが求めているものは威厳よりも、親しみやすさや信頼関係です。
では、イヌとの信頼関係はどうやって築くのでしょうか? 筆者のこれまでの経験から、父親の多くは、飼いイヌを「まったく褒めない」か、「まったく叱らない」かのどちらかという傾向があります。偏っているのです。実際のイヌのしつけでよくあるのは、一緒に暮らしている妻が、いたずらしたイヌを叱る役割で、夫はまったく叱らないというパターンです。このパターンでは、妻がしっかりしつけをしたりルールを決めても、「夫が守らないので台無し」という不満をよく聞きます。
夫婦で生活をともにする場合は、両方が同じ方法でイヌをしつけないと、イヌは混乱してしまうので、いつまでも問題行動に悩まされるハメになります。ちなみにこれは、イヌにかぎらず人の子供にもいえます。イヌと信頼関係を築くには、褒めるときは大げさなくらいしっかりと褒め、叱るときはびしっと叱らなければなりません。
イヌは科学的にしつける
イヌは、私たち人と同様、古典的条件付けやオペラント条件付けのように物事を関連付けて学習しています。古典的条件付けは、「パブロフのイヌ」がよい例です。イヌは食餌を前にすると条件反射でよだれを垂らしますが、食餌与える前にベルを鳴らすことを繰り返していると、そのうちベルの音を聞いただけでよだれを垂らすようになります。
オペラント条件付けは、イヌがある行動を取ったとき、ご褒美(強化子)があれば、その行動を頻繁に繰り返すようになることです。これを「正の強化」といいます。たとえば、あなたがイヌを呼んだとき、ちゃんと自分の側に来たら、褒めたり、おやつをあげたりすること(強化子)で、次に呼んでも側に来るでしょう。強化子はさまざまです。褒められることやおやつ以外にも、そのときイヌが取りたい行動を実現してあげれば強化子になります。
このようなイヌの強化子を正しく把握するには、鋭い観察力が必要です。子供のとき、空をヒラヒラと複雑に舞う蝶や、草木と同化しているように見えたカマキリを夢中で観察したことはありませんか? こんな理科の実験のようにイヌのようすもじっくりと観察してほしいのです。イヌは情動豊な動物ですから、自分の気持ちは、尻尾の動きや耳の位置、口元のようす、しぐさに現れます。うれしいときは尻尾を振ったり、耳を伏せてやさしい表情をするはずです。イヌの気持ちは、そんな何気ない仕草から理解するしかないのです。
飼い主がこのように注意深くイヌを観察し、正の強化を普段の生活に取り入れることができれば、イヌがあなたに見せる表情は大きく変わってきます。これは、あなたがかけがえのない人生のパートナーを得ることでもあります。
(了)
【著者】佐藤えり奈(さとうえりな)
京都市生まれ。米国ミネソタ大学生物科学部生態進化行動学科卒業。生物学、動物の生態・行動学を学んだのち、英国のピーター・ネヴィル博士に師事しながら、COAPE(Centre of Applied Pet Ethology)にてディプロマ修了。現在、京都を中心にイヌの問題行動を解決するペット心理行動カウンセリングを行い、日本大学発のベンチャー企業であるスノードリーム株式会社でもカウンセラーを務める。飼い主向け・獣医師向けのセミナーも行っている。おもな著書は『イヌの「困った!」を解決する』『イヌの気持ちがわかる67の秘訣』(サイエンス・アイ新書)。
京都市生まれ。米国ミネソタ大学生物科学部生態進化行動学科卒業。生物学、動物の生態・行動学を学んだのち、英国のピーター・ネヴィル博士に師事しながら、COAPE(Centre of Applied Pet Ethology)にてディプロマ修了。現在、京都を中心にイヌの問題行動を解決するペット心理行動カウンセリングを行い、日本大学発のベンチャー企業であるスノードリーム株式会社でもカウンセラーを務める。飼い主向け・獣医師向けのセミナーも行っている。おもな著書は『イヌの「困った!」を解決する』『イヌの気持ちがわかる67の秘訣』(サイエンス・アイ新書)。