スキルアップ
2015年3月11日
統計調査(アンケート)の質問に"だまされない"ために
[連載] 社会人1年生のための統計学教科書【1】
文・浅野 晃
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【やってみよう】心理的効果を考える


 人間の判断は、直感や印象といった心理的効果に大きく左右されます。その影響の例を見てみましょう。

1. 宴会コースのメニューをいくつか設定するとします。店主は、7000円のコースに人気が出てほしいとひそかに考えています。下のどちらにすれば、その意図が実現されやすいでしょうか。

(a) 宴会メニューは、6000円・7000円・8000円・9000円の4通りです。
(b) 宴会メニューは、4000円・5000円・6000円・7000円の4通りです。

2. 大学で、学生が講義を評価するアンケートを行います。下の2つの尋ね方で、回答に違いが出るでしょうか。

(a) あなたはこの講義に満足しましたか。次の数字に◯をつけてください。
   非常に不満 ← 1 2 3 4 5 → 非常に満足
   非常に不満 ← 1 2 3 4 → 非常に満足

(b) あなたはこの講義に満足しましたか。次の数字に◯をつけてください。
   非常に不満 ← 1 2 3 4 5 → 非常に満足
   非常に不満 ← 1 2 3 4 → 非常に満足


「心理的効果を考える」の答え

1. 最高額や最低額は、選択されにくい傾向があります。予算を7000円にしたいと考えているなら、上の4通りの設定のほうがよいことになります。もちろん、統計調査でこのような細工をするのは好ましくありません。

2. とくに言いたいことがない場合は、「どちらでもない」に◯をつけたくなるものです。5段階評価の場合は「3」に◯をつけることになります。しかし、4段階評価の場合はそれを許さず、満足か不満かどちらかを選べ、と強制していることになります。

【やってみよう】誰を調査しているのか


 調査をするときは、当然「調べたい集団」を想定しています。ところが、調査した対象が、想定している集団と違ってしまうことがあります。また、集団の一部のデータをとり出す「標本調査」では、「無作為抽出」をする必要があります。無作為抽出とは、簡単に いうと「調べたい集団からまんべんなく標本をとり出す」という意味です。しかし、この場合も、集団のうち偏った一部分だけをとり出してしまうことがあります。例を見てみましょう。

1. 同窓会の案内を出しました。返事に現在の年収を書いてもらい、同窓生の平均年収を求めました。この結果は信用できるでしょうか?

2. 日本家屋の伝統的規格では、鴨居の高さは五尺七寸(約173cm)または五尺八寸(約176cm)となっています。戦後、日本人の体格が大きく向上したころに、「最近の若い人は背が高い人が増えて、鴨居で頭を打つ人が多い」といわれ、規格を変えなければいけないという声があがりました。
 しかし、当時の20歳前後の人について、統計データ(文部省学校保健統計調査報告書による)を用いて調べてみると、176cm以上の人は5%前後しかいませんでした。なぜ、鴨居で頭を打つ人がたくさんいるような気がしたのでしょうか?

3. 戦時中の英国での有名な例です。英国軍では、爆撃から帰還したパイロットに調査を行い、「敵攻撃機からの攻撃方向で一番多かったのは後ろ上方からである」という結果が得られました。この結果は信用できるでしょうか?


「誰を調査しているのか」の答え

1. 返事の回収率はおそらく100%ではなかったでしょう。きちんと案内が届いて返事を返してきた人は、生活が安定している人が多いと思われます。また、収入の少ない人は、見栄を張ってうそを書いているかもしれません。ですから、それを使って求めた平均年収は信用できません。そもそも、こういう個人のプライバシーに関することを、同窓会の案内で尋ねるべきではありません。

2. 「鴨居で頭を打つ人が多い」という印象をもっている人は、まんべんなく調査した結果がそうなのだという気がしていますが、実際には、鴨居で頭を打たない人は「頭を打って困る」という不平は言いませんから、不平を言う人ばかりが目立って目につくことになります。なお、現在では、鴨居の高さは六尺(約182cm)以上がふつうだそうです。

3. 帰還したパイロットは敵攻撃機からの攻撃を逃れた人であり、攻撃にあって撃墜された人からは調査していませんから、撃墜された人がたくさんいるのなら、上の結論は信用できません。

(了)





社会人1年生のための統計学教科書
データの見方からリスク・リテラシーまで
浅野 晃 著



【著者】浅野 晃(あさの あきら)
1964 年大阪生まれ。大阪大学大学院工学研究科応用物理学専攻博士後期課程修了。博士(工学)。九州工業大学情報工学部助手,広島大学総合科学部助教授,同大学院工学研究科情報工学専攻教授を経て,現在は関西大学総合情報学部教授。専門は画像科学・感性科学・統計学。電子情報通信学会,応用統計学会,日本感性工学会,米国電気電子学会(IEEE),米国光学会(OSA)会員。アマチュア管弦楽団のコントラバス奏者でもある。近著は『社会人1年生のための統計学教科書』。
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