スキルアップ
2015年4月22日
なぜ今ブーム? 世界の大問題が読み解ける「地政学」
[連載] 「逆さ地図」で読み解く世界情勢の本質【1】
文・松本利秋
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シーパワー国家の日本


日本列島の周辺 (c)フレッシュ・アップ・スタジオ 無断転載を禁ず ※クリックすると拡大

 普段、われわれ日本人が見る世界地図では、竜のような形をした日本列島がド真ん中に位置し、地図によっては日本全土が赤く塗られて、ことさら日本の存在が強調されているものもある。そして上が北、下が南、左が西、右が東と小学校の社会科で教わってきた。

 日本列島の右側には広大な太平洋が広がり、その果てには大きなアメリカ大陸がある。目を下にやれば九州から島々が連なって沖縄、台湾へと続き、バシー海峡を経てフィリピン、ベトナムに繋がっている。

 伊豆半島から下に行くと、まず伊豆七島、さらに下れば小笠原諸島、そしてマリアナ諸島のサイパン島、グアム島、ミクロネシアのパラオ島、さらにはニューギニア島へと島々が繋がっている。日本列島の上には北方領土の国後、択捉から千島列島が繋がり、ロシアのカムチャツカ半島にまで達しているのがわかる。

 地図をこのように見ると、日本は海洋を通じて世界と繋がっており、海洋貿易が日本を支える大きな要素であり、マグロ、カツオ、サケ、その他の豊富な魚介類が捕れるという、実に豊かな海に囲まれていることが実感できる。

 そして日本近海の海底には、メタンハイドレードやレア・アース、天然ガスや石油までも存在する。日本が海の資源に恵まれた海洋国家であることは地図を見ればしみじみとわかってくるだろう。

 日本人独特の感性や日本の文化は、海という要素をふんだんに含んだものであり、古来からの海上交易は日本人の原型を育んできたものである。だから、われわれ日本人は自然と海洋国家的な世界地図の見方をしていることになる。

 日米安保条約のような軍事条約をアメリカと結んでおけば、いざという時には無人の海洋を突っ切って米軍が助けてくれるから、安全保障の面からも日本は海の恵みを受けていると考えるのは自然なことだろう。

 地政学的な見地から大雑把に言えば、日本は紛れもなく「海洋国家=シーパワー」ということになる。

ランドパワー国家の中国とロシア


ランドパワー国家中国とロシアの周辺 (c)フレッシュ・アップ・スタジオ 無断転載を禁ず ※クリックすると拡大

 地図を逆さまにして、中国を中心に置いてみればどうなるだろうか? 日本列島は中国の沿岸をグルッと取り囲む存在に見えるはずだ。

 中国の西の端はヒマラヤ山脈を挟んでインドと国境を接し、ここから北に向かってパキスタン、アフガニスタン、タジキスタン、キルギス、カザフスタンがあり、さらに東に向かってはロシア、モンゴルとの間に国境線が走っている。

 この逆さ地図から見えてくることは、中国では秦の始皇帝が漢民族の国家を建国して以来、北方の騎馬民族の侵入をいかに防ぐかが民族存亡の要であったことだ。

 「天高く馬肥ゆる秋」という、日本人にもよく知られた故事があるが、この意味は「秋になれば草をたっぷり食べて肥え太った馬に乗って、北方の騎馬民族が攻め込んで来るから警戒を厳重にしろ」という警告の意味である。中国の歴史は大陸内部の土地争奪戦が主要な要素であり、三国志をはじめ中国の歴史記述には海のことがほとんど出てこない。

 中国は歴史的に北方との戦いに関心を集中させており、海への関心はほとんどなかったと言っていいだろう。このように大陸内部でのせめぎ合いを繰り返している国を地政学では「大陸国家=ランドパワー」と呼んでいる。

 地図を見れば、もう一つの大陸国家があることは一目瞭然で、中国より広大な国土を持つロシアだ。ロシアは首都のあるモスクワ、西方にある古都サンクトペテルブルク等のヨーロッパ・ロシアと呼ばれる地域から、極東のウラジオストク、北海道のすぐそばにあるサハリン島、さらにはベーリング海を挟んでアメリカのアラスカ州と国境を接している。

 実は北米大陸にあるアラスカは、かつてはロシア領であった。ロシア政府はクリミア半島を巡る戦争で経済的に疲弊し、1867年にアラスカを720万ドルでアメリカ政府に売却してしまったのである。

 アラスカは日本の4倍の面積があり、単純計算では1平方キロメートル当たり、たったの5ドルということになる。それでも、当時のアメリカ政府は国民から「巨大な冷蔵庫を買ったに過ぎない」とし、税金の無駄遣いだと非難された。

 だが、その後アラスカに金鉱が発見され、ロシアがソ連になった後にアメリカと厳しく対立する冷戦時代になると、ベーリング海峡や北極を挟んで国境を接していることから、軍事的な重要性が増し、アメリカにとっては極めて有利な買い物となったのである。

 この例から、地続きであれば、じりじりと領土を拡大できるが、海を渡ると状況判断を誤るという、大陸国家の限界が見えてくるのだ。

 なお、「逆さ地図」については、5月17日発売の『「逆さ地図」で読み解く世界情勢の本質』(SB新書)でカラーで収録のうえ、イスラム国(IS)、中国、ロシアなどの情勢を解説している。ぜひご一読いただきたい。

(了)





「逆さ地図」で読み解く世界情勢の本質
松本利秋 著



松本利秋(まつもととしあき)
1947年高知県安芸郡生まれ。1971年明治大学政治経済学部政治学科卒業。国士舘大学大学院政治学研究科修士課程修了、政治学修士、国士舘大学政経学部政治学科講師。ジャーナリストとしてアメリカ、アフガニスタン、パキスタン、エジプト、カンボジア、ラオス、北方領土などの紛争地帯を取材。TV、新聞、雑誌のコメンテイター、各種企業、省庁などで講演。著書に『戦争民営化』(祥伝社)、『国際テロファイル』(かや書房)、『「極東危機」の最前線』(廣済堂出版)、『軍事同盟・日米安保条約』(クレスト社)、『熱風アジア戦機の最前線』(司書房)など多数。
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