スキルアップ
2015年5月12日
日露戦争を勝利に導いた「日英同盟」は、地政学的発想によるものだった
[連載]
「逆さ地図」で読み解く世界情勢の本質【3】
文・松本利秋
ハートランドを包囲するリムランド
地図を逆さまに見てみようとする発想は、100年ほど前に出来上がった「地政学」という学問が基本となっている。
当時の西欧列強は、植民地争奪戦に勝利し、国益を守っていくことを主な目的としていた。だから地理的な条件が国家に対して、どのように政治的・軍事的影響を与えているのかを、地球的規模から見ようとしたものである。
それを知れば、対象とする国に、さまざまな角度からアプローチし、国益を貫徹できると考えたところが発想の基本となっている。この基礎をなしているのが地図だ。
地政学とは地図を基本にして、その地域特有の文化や、民族の歴史、その歴史からくる民族の基本的な発想、政治形態などの情報をインプットして俯瞰するものだ。
地理的な条件といっても、暑い地域から寒い地域、山岳国か草原に位置している国か、島国かなどいろいろとあるが、地政学ではごく大まかに言って「海洋国家」か「大陸国家」かを視点の基本にしている。
地政学では世界を海洋国家(シーパワー)と大陸国家(ランドパワー)の二大勢力に分けて、基本的にはシーパワーがランドパワーの膨張を抑止するという想定の中で世界観を構築していくのである。
狭義には西ロシア、東欧などのユーラシア大陸中央部に位置する中核地域をハートランドと位置付け、ハートランドの周辺に位置する地域をリムランドと名付ける。
広義の意味でのリムランドにはフランス、ドイツ、東欧などのヨーロッパ諸国、中東、インド、東南アジア、中国沿岸部、韓国など、大陸国家を取り囲む諸国や地域が含まれる。
さらに日本、台湾、フィリピンなどは、シーパワーがランドパワーと対決する時に、シーパワーの戦略物資をリムランドに支援する背後地(ヒンターランド)と概念付けている。
このような概念を基本にすると、もしリムランドとランドパワーが統合すれば、シーパワーにとって深刻な脅威となる。従ってシーパワーはリムランドを形成する国々とともにハートランド勢力を包囲し、その拡大を阻止する。
言うまでもなく、シーパワーの代表格は、かつてはイギリスであり、現在はアメリカである。
ランドパワーを食い止める役割の日本
1902年に、イギリスが日本と「日英同盟」を結んだ最大の理由の一つは、当時のロシアの南下政策を阻止することにあった。
日清戦争で勝利した日本に対してロシアはドイツ、フランスと共同して三国干渉を行なった。日清戦争で得た日本の権益を清国に返還するように求め、日本がしぶしぶ手放した遼東半島の権益を、ロシアは清国から借り受け旅順港を手に入れた。これでロシアは一年中使用できる不凍港を手に入れ、渤海から太平洋に進出できるようになった。
それに対抗したのが、当時随一のシーパワー国家イギリスだ。イギリスはアヘン戦争で手に入れた香港を起点に、本格的に中国への侵入を目指していた。ロシアの南下を阻止しようとするのも、地政学的発想に立てば、当然な行動である。
日英同盟はこのようなロシアの南下に歯止めをかけるために、イギリスが日本を利用しようとしたものであった。一方の日本も、ロシアの南下を許せば、リムランドである朝鮮半島が侵され、ランドパワーの超大国ロシアと直接国境を接することとなり、極めて危険な状態なのだ。
幸いにして日露戦争は日本の勝利に終わり、ランドパワーの膨張を食い止めることができた。シーパワー国家のアメリカとしても危機感を抱いていたため、アメリカのポーツマスで行なわれた終戦交渉では、日本に好意的であったのだ。
また、第二次世界大戦後の朝鮮戦争は、リムランドの北朝鮮を統合したソ連と中国が、南半分のリムランド・韓国に直接戦争を仕掛け、膨張しようとする行為であった。
この朝鮮戦争では、在日米軍が日本の基地から直接参戦した。当時の日本はアメリカの占領下にあり、シーパワー国アメリカの兵力と戦略物資を、リムランドである韓国に輸送して支援する役割を果たした。
これを地政学的な見方からすれば、日本がヒンターランドの役割を果たした典型的な実例であったと言えるだろう。
現在、韓国が中国にすり寄る姿勢を見せていることは、地政学から見れば、リムランドの役割を脱して、シーパワーであるアメリカおよびヒンターランドである日本を脅威にさらす行為だと見なすことができる。だから日米は韓国の動きを牽制し、中国は韓国を抱き込もうと必死の努力をしているのだ。
なお、「逆さ地図」については、5月17日発売の『「逆さ地図」で読み解く世界情勢の本質』(SB新書)でカラーで収録のうえ、イスラム国(IS)、中国、ロシアなどの情勢を解説している。ぜひご一読いただきたい。
(了)
松本利秋(まつもととしあき)
1947年高知県安芸郡生まれ。1971年明治大学政治経済学部政治学科卒業。国士舘大学大学院政治学研究科修士課程修了、政治学修士、国士舘大学政経学部政治学科講師。ジャーナリストとしてアメリカ、アフガニスタン、パキスタン、エジプト、カンボジア、ラオス、北方領土などの紛争地帯を取材。TV、新聞、雑誌のコメンテイター、各種企業、省庁などで講演。著書に『戦争民営化』(祥伝社)、『国際テロファイル』(かや書房)、『「極東危機」の最前線』(廣済堂出版)、『軍事同盟・日米安保条約』(クレスト社)、『熱風アジア戦機の最前線』(司書房)など多数。
1947年高知県安芸郡生まれ。1971年明治大学政治経済学部政治学科卒業。国士舘大学大学院政治学研究科修士課程修了、政治学修士、国士舘大学政経学部政治学科講師。ジャーナリストとしてアメリカ、アフガニスタン、パキスタン、エジプト、カンボジア、ラオス、北方領土などの紛争地帯を取材。TV、新聞、雑誌のコメンテイター、各種企業、省庁などで講演。著書に『戦争民営化』(祥伝社)、『国際テロファイル』(かや書房)、『「極東危機」の最前線』(廣済堂出版)、『軍事同盟・日米安保条約』(クレスト社)、『熱風アジア戦機の最前線』(司書房)など多数。