スキルアップ
2015年6月19日
どうせ競争するなら建設的な競争がいい
[連載] 人と比べない生き方――劣等感を力に変える処方箋【3】
文・和田 秀樹
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競争する人が減っている


 中国や韓国の競争意識の強さについては以前の連載で触れましたが、日本の場合は、競争回避傾向が強くなっていて、いわゆる上昇志向の強い人たちがかなり減っているように思います。

 もう一つの問題は、競争に参加する形がいびつになってきているということですが、これは前回紹介したスクール・カーストや、ネットに動画を投稿したつまようじ少年の例を見ればわかると思います。

 現実的なことを言えば、世間で言うところの「競争をしている人」というのは、上の1割ぐらいしかいないのではないかと私は考えています。つまり、中学受験をし、進学校の中で競争を経験し、大学も受験競争を経て受かるというタイプの人たちは、上の1割程度だということです。

 大学生の中でまともな競争型の受験を経験している人は2割ぐらいしかいないと言われています。そのほかは、推薦入学とAO(アドミッションズ・オフィス)入試、そして付属校上がりとFランクと言われる大学です。AO入試とは、原則的に学科試験がなく、主に学校からの調査書や志望動機と小論文、そして面接によって合否を決める入試です。
 また、志願者数が定員の倍を切っていると、定員ぐらいの合格者を出すので、受験した人が全員合格できるのがFランクの大学です。名前を書けば入学できるわけです。

 推薦とAOと付属校上がりだけでも大学生全体の半分近くになります。残りの半分が受験を経験しますが、そのうちの六割ぐらいがほぼ名前を書くだけで受かってしまうのですから、半分のうちの4割、すなわち大学生の2割ぐらいしかまともな受験を経験していないということになります。

 さらに、大学進学率が半分だとすると、まともな受験競争で高校から大学に進むのは、半分のうちの2割、すなわち高校生全体の1割しかいないということになります。言い換えると、9割が競争回避型の勉強をしてきたということです。少子化のために、公立高校も名前を選ばなければ、中学校でビリのほうの子でも普通科に入れてしまうのですから、この傾向はかなり早い時期から起こっているということになります。

 9割が受験競争をまともに経験していないということは、就職活動という競争はあるにしても、卒業して社会人になった人の中にも競争経験の少ない人が多く存在するということになるでしょう。

 そもそも現在の総理大臣である安倍晋三氏でさえ、小学校、中学、高校、大学とエスカレーター式に上がって受験競争を経験していないのです。アメリカ留学をしても学士の資格を取得することができず、挙句の果てには亡くなった親の選挙区で立候補しているわけですから、いわば票を遺産相続したような形で議員になったということになります。

 同じように亡くなった親の選挙区から出て当選した小渕優子さんのような議員もいますが、派閥競争以外にまともな競争を経験せずに議員になった二人が意外に国民に人気があるのは不思議な気がします。昔のように高校に入るのでも競争をしていた時代なら、この手の世襲議員に不快感を持つ人も少なくなかったかもしれません。

 総理大臣や大臣経験者でさえ競争経験が少ないのですから、国民の競争意識が減っているのも当然かもしれません。現実に、一般市民の持ち物競争はほぼ終わっていると言っていいでしょう。ブランド品を持ちたがるのは一部の富裕層だけで、一般庶民は実用的な物で満足しています。ベンツと軽自動車が売り上げを更新し、それ以外はあまり売れないという状況がそれを物語っているのではないでしょうか。

 また、出世競争や収入競争に乗ってくる人もものすごく少なくなっています。皆さんも、自分と周りの人たちとの会話の中で、出世競争や収入競争にまつわる話題はほとんど出てこないと思われるのではないでしょうか。

 しかし、競争には参加しないにしても、何かで比べていることは間違いないでしょう。「私は人よりも背が低い」「私は人よりも太っている」といった、ほとんど生産性のないことで人と比べていることも少なくありません。

 また、競争そのものをなくすこともできません。財産の共有や平等を謳う共産主義でも、全員が同じように貧しくても(現実にはそんなことはまずないのですが)、序列競争が起こると言われています。

 結局、健全な競争のない社会では、不健全な競争が生まれるのです。また、最初から勝てないとわかると、すべての競争から身を引いてしまうようなほとんど競争意欲のない人間が生まれてしまいます。それが日本の現状ではないかと私は分析しているのです。

 なお、この連載のメインテーマである「比べること」については、6月16日発売の『人と比べない生き方――劣等感を力に変える処方箋』(SB新書)でも、アドラーやコフートの理論を交えながら解説しているので、あわせてご一読いただければ幸いです。

(了)





人と比べない生き方
劣等感を力に変える処方箋
和田秀樹 著



和田秀樹(わだひでき)
1960年大阪府生まれ。1985年東京大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学学校国際フェローを経て、現在は精神科医。和田秀樹こころと体のクリニック院長。国際医療福祉大学教授(医療福祉学研究科臨床心理学専攻)。一橋大学経済学部非常勤講師(医療経済学)。川崎幸病院精神科顧問。著書に『比べてわかる! フロイトとアドラーの心理学』『自分が自分でいられるコフート心理学入門』(以上、青春出版社)、『自分は自分 人は人』『感情的にならない本』(以上、新講社)など多数。
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