カルチャー
2015年9月9日
揺れを止めた700系新幹線の機能的な"カタチ"――"カモノハシ"生みの親が明かすデザインの秘密
文・金丸信丈(鉄道ライター)
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東海道新幹線が開通して半世紀――N700Aなどいまなお進化する新幹線は、どのようにデザインされ、いかにつくりあげられてきたのか。新幹線デザインチームの一員として公共デザイナーである福田哲夫氏は、多くの技術者たちが集まるプロジェクトチームにおけるデザイナーの仕事と役割を『新幹線をデザインする仕事』(SBクリエイティブ刊)の中で語っている。いま本書は新幹線デザイナーによる初の書籍化ということで、鉄道ファンや関係者をはじめ、デザイナーやビジネスパーソンにまで注目されている。今回はその福田氏にご登場いただき、新幹線をデザインする仕事の流儀についておうかがいした。


トンネル通過時の衝撃音をやわらげるカタチ


700系新幹線の独特な先頭形状 撮影・松沼猛 ※無断転載を禁ず

――福田さんは1992年登場の300系の車両デザインを手がけたのに始まり、700系(1999年営業運転開始)とN700系(2007年営業運転開始)のデザインも担当されています。現在、世界各国の高速鉄道が取り入れている造形は多様でも700系で採用されたものは独創的ですが、このデザインが生まれた経緯を教えてください。

 700系では300系と同じ最高時速270㎞のスピードと快適性を両立するために、トンネル通過時の(微気圧波による)音の問題も解決しなければいけませんでした。
 日本のトンネルは車両との断面積の差が少ないので、列車が高速でトンネルに入ると、空気鉄砲と同じ原理で列車の前の空気が圧縮され、トンネル出口に達した瞬間に「ドーン」という衝撃音が発生します。東海道新幹線の開業直後は最高速度がまだ210㎞/hだったので大きな問題にはなりませんでしたが、山陽新幹線の開業後、この衝撃音が環境問題として扱われるようになりました。

――普通ならトンネルそのものを大きくするか、車両のノーズ部分をできる限り長くして、少しずつ空気を押し出しながら走行することで解決する発想になりますね。実際、JR西日本が開発した500系は、ノーズ部分が15mもの長さになりました。

 ええ。しかしトンネルを大きくするのは莫大な工費が掛かるので現実には困難ですし、ノーズ部分を伸ばすにしても限界があります。700系以前の新幹線は、高速化するほどに先端部分のノーズを長く、尖った楔型にする方向で改良を重ねてきていました。
 しかしあまりノーズを長くすると先頭車両の乗車定員を減らさなくてはなりませんし、客席を減らさずにノーズだけ長くすればホームからはみ出してしまう。何より新幹線の車両は台車の軸間が決まっていますから、長すぎるノーズではカーブを曲がりきることができません。
 したがって700系では、ノーズの長さを9.2mにとどめた上でなおかつ微気圧波を低減できる造形を考えなければいけませんでした。そこで私たちが考えたのが、楔形の下に車体の横幅いっぱいの翼型とを組合わせた、複合形態を採用することだったのです。



新幹線をデザインする仕事
「スケッチ」で語る仕事の流儀
福田哲夫 著



【著者】福田哲夫(ふくだ・てつお)
インダストリアルデザイナー。1949年東京に生まれる。日産自動車のデザイナーを出発点として、独立後は公共交通機関や産業用機器を中心に、指輪から新幹線まで幅広い分野のデザインプロジェクトに携わる。特に新幹線車両では、トランスポーテーション機構(TDO)として300系、700系、N700系「のぞみ」をはじめ、400系「つばさ」、E2系「あさま」、E1系、E4系「MAX」の他数々の先行開発プロジェクトにも携わってきた。ビジネスやリゾート向けの特急車両、寝台車など鉄道車両の開発プロジェクトを評価され受賞多数。現在は産業技術大学院大学特任教授・名誉教授、京都精華大学客員教授、女子美術大学特別招聘講師ほか。(公財)日本デザイン振興会グッドデザイン・フェロー。共著に『プロダクトデザイン』日本インダストリアルデザイナー協会(JIDA)編(ワークスコーポレーション)。次世代を担う子どもたちへ"ものづくりの楽しさ"を伝えるワークショップ活動を通じて、未来への夢を一緒に描き語りかけている。
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