カルチャー
2015年9月9日
揺れを止めた700系新幹線の機能的な"カタチ"――"カモノハシ"生みの親が明かすデザインの秘密
文・金丸信丈(鉄道ライター)
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不可能を可能にした複合形態


N700系イメージスケッチ (c)福田哲夫 ※無断転載を禁ず

――それまでの新幹線が単に鋭利な楔形をしているのに対して、700系では正面から見て凸型に近い形状になっていますね。運行開始当時は、マスコミから「カモノハシ」に似ている、とも言われますが。

 そうですね。この「エアロストリーム型」を取り入れることで、さほど長くないノーズでも微気圧波を軽減し、出口での音を緩和することに成功すると同時に、乗り心地にも大きく影響する横揺れを抑えることも可能になりました。運転席周辺の空気が流れていく時に、車体の動揺を抑えてくれることが風洞実験によって明らかになったのです。これはエンジニアの方々と恊働作業を積み重ねることで実現できたことです。
 N700系ではエアロ・ダブルウィングという形状を取り入れていますが、これも基本的な概念としてはエアロストリームをさらに発展させたものです。

――このような画期的なアイディアを、どうやって思いついたのですか?
 航空機の設計手法であるエリアルール(断面積分布法則)の応用です。
 1950年代まで、アメリカの航空機の開発では音速の壁をなかなか超えられずにいました。それを機体の断面積変化率を小さく、滑らかにしたことではじめてその壁を破ったのですが、これと似たような考え方です。

「航空機の機体が音速を超えることができた理由」を独自に検討


――航空機の技術だったとは意外です。福田さんは、自動車会社のデザイナーだったと伺っていますが、その当時に学ばれたのですか?

 いえ。定性的な自動車の空力要件は学びましたが、エリアルールをはじめて知ったのは、実は中学生の時です。当時はまだプラモデルなど一般的ではない時代でしたから、飛行機好きの少年たちはソリッドモデルという木製の模型を自作していました。
 私もこれをつくっているうちに、形を詳しく知りたくなり音速を超える以前と以後の機体の違いに気づきました。そこで好奇心から、当時あった『航空情報』などの専門誌を読み込んでいた訳です。

――700系のルーツは福田さんの中学生時代にあったのですね。

 もちろん、それだけではありませんけどね。たとえば30年ほど前に航空機が墜落する大変悲しい事故がありました。あの事故の直接的な原因は機体の垂直尾翼が失われたことかどうか私は解りませんが、当時「万一、垂直尾翼がなくなっても制御可能で安全な機体の造形とはどんな形だろうか?」と考え、実際にイメージスケッチに描いたりしていました。そうした経験も反映されています。

――若い頃からの様々な経験や、思考の集積の結実ということでしょうか?

 そうですね。私は若い頃から、飛行機に乗り海外旅行をするたびに、自分の心に引っ掛かったものを何でもメモ代わりにスケッチすることが癖になりました。その後は、レストランで食べたランチを絵に残したり、泊まったホテルの部屋の間取りを描いたり、とかね。
 写真に記録しても、後になって細かいことまで思い出すことはできません。しかし細部までの観察をスケッチとしてことあるごとに繰り返していると、ふとした瞬間に、それらがデザインのアイディアのヒントとして甦ってくることがあるんです。



新幹線をデザインする仕事
「スケッチ」で語る仕事の流儀
福田哲夫 著



【著者】福田哲夫(ふくだ・てつお)
インダストリアルデザイナー。1949年東京に生まれる。日産自動車のデザイナーを出発点として、独立後は公共交通機関や産業用機器を中心に、指輪から新幹線まで幅広い分野のデザインプロジェクトに携わる。特に新幹線車両では、トランスポーテーション機構(TDO)として300系、700系、N700系「のぞみ」をはじめ、400系「つばさ」、E2系「あさま」、E1系、E4系「MAX」の他数々の先行開発プロジェクトにも携わってきた。ビジネスやリゾート向けの特急車両、寝台車など鉄道車両の開発プロジェクトを評価され受賞多数。現在は産業技術大学院大学特任教授・名誉教授、京都精華大学客員教授、女子美術大学特別招聘講師ほか。(公財)日本デザイン振興会グッドデザイン・フェロー。共著に『プロダクトデザイン』日本インダストリアルデザイナー協会(JIDA)編(ワークスコーポレーション)。次世代を担う子どもたちへ"ものづくりの楽しさ"を伝えるワークショップ活動を通じて、未来への夢を一緒に描き語りかけている。
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