カルチャー
2015年9月9日
揺れを止めた700系新幹線の機能的な"カタチ"――"カモノハシ"生みの親が明かすデザインの秘密
文・金丸信丈(鉄道ライター)
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「未来」が描かれた新幹線


『新幹線をデザインする仕事』(福田 哲夫 著)

――お話を伺っていると、700系のデザインが生まれる過程というのは、まるで長い時間を掛けてコップに溜まった水滴が、ある一点を越えて溢れ出したかのような印象を受けました。

 鉄道車両に限らず、インダストリアルデザイナーは設計時点から1~2年のスパンではなく、それよりずっと先まで求められるものをつくる仕事です。だから材料や機械のことはもちろん、経済や文化など社会問題も理解しながら学んで引き出しに閉まっておき、世の中の科学技術ロードマップなどから、縦軸に世界中の様々な産業界の動きや最先端の考え方はもちろん、横軸には日本の気候風土を背景にした独自の時間的空間的進化などを先読みすることも欠かせません。
 大切なことは、ただ予測することだけではなく、デザイナー自身が未来において「こうあるべき」と考えるライフスタイルや社会像を、自らの仕事に反映させるバックキャスティングの意識のほうがむしろ必要です。
 私自身も30年ほど前からエコデザインに意識的に取り組んでおり、700系にはその経験がかなりの面で反映されています。エクステリアもそうですが、空調や照明などのインテリアに関しても、デザインによって快適な移動空間とともにエネルギーロスをいかに少なくするかを追求しています。
 それでも当時取り組んだ仕事が本当の意味で理解されるようになったのは、ごく最近になってからですね。

車両は単にスタイリッシュであればよいわけではない


――車両のデザインは単に「スタイリッシュであればよい」というわけではないのですね。

 さきほども少しお話しましたが、新幹線の先頭形状を開発するプロジェクトは、航空機開発と同じようなシミュレーション技術などを応用し、空力的な解析の専門家チームの協力を得て進められます。鉄道開発用として独自の理論の組み合わせの中から検証を繰り返し、カタチを磨いていきます。定性的な環境アセスメントや定量的な解析による数値を読み取り、無限にあるカタチを吟味する中から、美しい最適解を導き出していくという根気のいる地道な作業でもあります。
 700系の先頭形状が評価されたのは、この独特なカタチが、単に高速車両のスタイリングとして必要な空力的な基本性能を満たしただけではなく、沿線周辺の環境に配慮し、走行騒音を下げ、編成における後尾車両付近の横揺れを抑えることによって、乗り心地性能の向上にも直接結びついたカタチという点にあります。
 つまり、車両のスタイリングは、走りの美しさだけにとどまらず、〝乗り心地〟など機能的なカタチにつながっています。デザインのあるべき姿としては、このように見た目のカタチを超え工学的な機能をも満足させるという統合の仕事でもあるわけです。
 空力的要件の定性的な組み合わせについては、ある程度の予測をしていたとはいえ、カタチがこのような性能向上につながっています。当時の風洞実験の担当現場からは「揺れが止まった...!」との緊急電話を受け、とても興奮したことを今でもよく覚えています。車両は単にスタイリッシュであればよいということではなく、複合的な〝機能〟を満たし、統合していく世界なのです。
 まずもって、考えるカタチはあくまで仮説でしかありません。そして、仮説の一つひとつが実証され性能向上へと結びつく様は、本来のエンジニアチームに加えてデザインチームとの〝恊働〟作業によるプロジェクトとしての成果であり、興奮と感動の記憶として鮮明に心の中に焼きついています。
 N700系からN700Aへとさらに進化を続けている新幹線をぜひ体験してみてください。

(了)

金丸信丈(かねまる・のぶたけ)
1974年宮崎県生まれ。大学卒業後、大手市場調査会社に入社。その後、編集プロダクションにてビジネス関連の書籍、ムックを中心に、編集に携わる。鉄道関連の編集・執筆に『最新 鉄道ビジネス』『徹底解説 JR 東日本』(以上、洋泉社)、『祝50年!! 栄光の「新幹線」』(宝島社)など多数。今年の夏休みは、小学生の息子と普通列車を乗り継ぎ、千葉~神戸・三ノ宮を往復した。



新幹線をデザインする仕事
「スケッチ」で語る仕事の流儀
福田哲夫 著



【著者】福田哲夫(ふくだ・てつお)
インダストリアルデザイナー。1949年東京に生まれる。日産自動車のデザイナーを出発点として、独立後は公共交通機関や産業用機器を中心に、指輪から新幹線まで幅広い分野のデザインプロジェクトに携わる。特に新幹線車両では、トランスポーテーション機構(TDO)として300系、700系、N700系「のぞみ」をはじめ、400系「つばさ」、E2系「あさま」、E1系、E4系「MAX」の他数々の先行開発プロジェクトにも携わってきた。ビジネスやリゾート向けの特急車両、寝台車など鉄道車両の開発プロジェクトを評価され受賞多数。現在は産業技術大学院大学特任教授・名誉教授、京都精華大学客員教授、女子美術大学特別招聘講師ほか。(公財)日本デザイン振興会グッドデザイン・フェロー。共著に『プロダクトデザイン』日本インダストリアルデザイナー協会(JIDA)編(ワークスコーポレーション)。次世代を担う子どもたちへ"ものづくりの楽しさ"を伝えるワークショップ活動を通じて、未来への夢を一緒に描き語りかけている。
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