カルチャー
2016年3月18日
「世代間格差」をできるだけ冷静に考える
[連載] 自分の半径5mから日本の未来と働き方を考えてみよう【2】
「老人はもらいすぎでけしからん!」の高齢者責任論では解決しない
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「世代間の不公平」を高齢者の責任として糾弾するのは正しくない


出口 世代で区切って考える方法は間違っていると思います。ではなぜ「世代間格差」という言葉が生まれたかというと、若い世代が損をする事例があると喧伝されたからです。
 公的年金保険の問題でいえば、現在の高齢者は支払った社会保険料の3?4倍程度の年金が支給されますが、若い世代は1・7倍程度しか支給されないとされています。これがけしからんというわけですが、公的年金保険制度ができた1961年の男性の平均寿命はおよそ65歳だったので、60歳で年金を払うと仮置きすれば、支給期間は約5年でよかったのです。
 ところが現在の男性の平均寿命は80歳を超え、約20年前後は年金を支給する計算になります。しかも保険料を負担する現役世代の数がサッカーチームから騎馬戦へと減っているわけですから、冷静に考えれば世代間格差は当たり前の話です。

島澤 根本的な原因は、政治が人口構成の変化を踏まえず、財政や社会保障制度を放置した結果にあるのですが、なぜか「世代間の不公平」の責任を一方的に高齢者の責任として糾弾しているのですね。
 本来糾弾されるべきは時代の変化に応じて制度を変えてこなかった政治なのです。政治は国民の間の利害調整を行うために権力を国民から預けられているにもかかわらず、高齢者の票を目当てにして何もしてこなかった。政治家には「どうせ説明しても理解されないだろう」という高齢者蔑視もあるのかもしれません。そうした政治の不作為の罪が世代間格差の問題をこじらせているという点をしっかり理解しておく必要があると思います。
  90年代末に年金改革を成し遂げたスウェーデンでは、各党派の領袖クラスの国会議員が参加した「超党派」で議論し、しかも合意形成後は、政権交代があっても各党派ともいったん合意した方針を堅持しました。なぜ、同じことを日本でもできないのでしょうか? それはやはり成長時代に染みついた政治の先送り体質が今でも抜け切らないのと、誰も憎まれ役を引き受けたくないからです。

出口 これは僕が勤めていた日本生命での話ですが、1972年に入社したとき、労働組合から君の一生の給与はこんな感じです、という紙が配られました。そこには「定年時には部長・支社長クラスまで出世している」と書かれていて、将来の給与モデルが具体的に提示されていました(もちろん、当時の新卒社員が全員そういう人生を送ったかというと、多分そんなことはないと思いますが)。
 ところが2年ぐらい経つと、「将来は部長・支社長クラス」だったモデルが部次長クラスに変わり、5年ぐらい後には課長クラスに変わりました。そしてしばらく経つと、とうとうその紙すら配られなくなりました。労働組合が平均的な社員の将来像を描けなくなってしまったのです。
 そもそもなぜ労働組合が「部長・支社長になれる」と書いたのかといえば、当時は高度成長の真っ只中で、会社のポストが次々と増えていったからです。この流れがずっと続くと予想していたのですが、成長率が下がってポストが増えなくなり、しかも採用が増えたことで将来の役職が部長・支社長から部次長、そして課長へとスケールダウンしていったのです。
 これも時代の流れで自然に変化したものですが、なかには「出口さんが入ったときには部長・支社長クラスだったのに、何で僕らの時代は課長クラスなんだ。世代間の不公平だ」と憤慨した社員がいたかもしれません。でも時代が変わったので、どうしようもないことだとしか言いようがありません。これと公的年金保険の世代間の不公平問題は全く同じことです。






自分の半径5mから日本の未来と働き方を考えてみよう会議
出口治明・島澤諭 著



出口治明(でぐち・はるあき)
1948年、三重県生まれ。京都大学法学部卒業。1972年、日本生命保険相互会社入社。日本興業銀行(出向)、生命保険協会財務企画専門委員会委員長(初代)、ロンドン事務所長、国際業務部長などを経て、2006年に日本生命保険相互会社を退職。東京大学総長室アドバイザー、早稲田大学大学院講師などを経て、現在、ライフネット生命保険株式会社・代表取締役会長兼CEO。

島澤諭(しまさわ・まなぶ)
東京大学経済学部卒業。1994年、経済企画庁(現内閣府)入庁。2001年内閣府退官。秋田大学教育文化学部准教授等を経て、2015年4月より中部圏社会経済研究所経済分析・応用チームリーダー。この間、内閣府経済社会総合研究所客員研究員、財務省財務総合政策研究所客員研究員等を兼任。専門は世代間格差の政治経済学。
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