カルチャー
2016年3月25日
「下流老人」転落の不安に脅えずに生きる
[連載] 自分の半径5mから日本の未来と働き方を考えてみよう【3】
先が見えない不安への処方箋は、自分の頭で考えて本質を見極めること
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「不安の種」が消える考え方


島澤 人々が不安に陥ったり、不満を抱くのは、この先の将来が不透明だからだと思います。そういう場合、昔は宗教が心の拠りどころになっていましたが、最近はそうでもありません。今後、日本人の心の拠りどころはどういうものになっていくと思いますか?

出口 宗教は一般に社会が悲惨な状況のときに浸透しますから、逆に言えば、今の日本はとても平和な社会だということかもしれません。実際、世界価値観調査(WorldValue Survey)を見ると、日本人は仏教徒が3割もいるのに、宗教を信用している人は7.9%しかいません。
 こうした傾向は他の先進国でも同様で、無宗教の人が増えています。これは基本的には昔と比べていろいろなことがわかるようになったからです。具体的には人間の寿命やがんの治療法、天気の予測などです。先が見えているから、宗教に頼る必要がなくなったのです。
 だから日本の未来とか、老後とか、そういう先が見えないものに対して人間は不安を抱くものですが、昔の宗教のような拠りどころがなくなったので、不安が怒りに変わっているのだと思います。移民の受け入れに対して不安を抱くのも、移民を受け入れた先の展開が今ひとつわからないからだと思います。 こうした不安を解消するには、どうすればいいのかという「道筋」を示す必要があります。そして、いろいろな道が選べるということがわかれば、不安の種は消えていくはずです。

島澤 方向性を指し示したり、アンカーを提示することが、不透明な社会においては心の拠りどころにもなるということですね。

出口 別に国全体のGDPが大きくなる必要はありません。1人あたりのGDPが着実に増えていけば不安も解消していくので、まずは半径5mの世界から始めることが肝心だと思います。

島澤 年功序列をやめて働きに見合った給与にすれば自分の働きもわかるので、生活の設計もしやすいです。

出口 「頑張った分だけ給与が上がる」社会になれば、自分の能力を上げようと頑張りますから。そうなれば、将来に対する不安や現状への不満も、いつの間にか消えていくはずです。
 それから未来を予測したいのであれば、僕はいつも「20年前の新聞を読んでください」と言っています。『進化論』を唱えたチャールズ・ダーウィンは「もっとも強い者が生き残るのでもなく、もっとも賢い者が生き延びるものでもない。唯一生き残るのは、変化に対応できた者だけである」という言葉を残していますが、これは人間社会にも当てはまります。
 生き残るには運と適応が必要ですが、適応力をつけるには過去の出来事から、先人がどう対処したのかを見て学ぶしか他に方法はありません。
 書店に行けば、優秀な人物が書いた未来予測本がたくさん置かれていますが、これらは現状の延長線上でしか未来を語っていないので、果たして参考になるかどうかについては疑問があります。これだけ優秀な人でもそういう未来しか語れない。
 結局、未来に何が起こるかは誰にもわからないのです。少子高齢化がさらに加速するかもしれないし、可能性は低いと思いますが、大量の留学生が入ってきて結婚&出産ブームが起こり、少子化が解消されるかもしれません。ですから、何が起こっても大丈夫なように、身体を鍛え、知を蓄えることが、将来に対する不安を解消させる第一歩になると思います。

(了)





自分の半径5mから日本の未来と働き方を考えてみよう会議
出口治明・島澤諭 著



出口治明(でぐち・はるあき)
1948年、三重県生まれ。京都大学法学部卒業。1972年、日本生命保険相互会社入社。日本興業銀行(出向)、生命保険協会財務企画専門委員会委員長(初代)、ロンドン事務所長、国際業務部長などを経て、2006年に日本生命保険相互会社を退職。東京大学総長室アドバイザー、早稲田大学大学院講師などを経て、現在、ライフネット生命保険株式会社・代表取締役会長兼CEO。

島澤諭(しまさわ・まなぶ)
東京大学経済学部卒業。1994年、経済企画庁(現内閣府)入庁。2001年内閣府退官。秋田大学教育文化学部准教授等を経て、2015年4月より中部圏社会経済研究所経済分析・応用チームリーダー。この間、内閣府経済社会総合研究所客員研究員、財務省財務総合政策研究所客員研究員等を兼任。専門は世代間格差の政治経済学。
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