カルチャー
2016年4月22日
なぜ「残業禁止」が労働生産性を向上させるのか
[連載] 自分の半径5mから日本の未来と働き方を考えてみよう【7】
ガラパゴス的に進化した「日本型人事システム」に疑問をもつ
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出口 生産性が低い仕事ばかりをしていると、いつまで経っても豊かにはなれません。だから「豊かな生活をしたい」と思ったら、まずは生産性を上げることが大切です。職場の生産性を上げる手段のひとつが「残業の禁止」ですが、その前にまず日本人の労働生産性が低い理由について説明しましょう。
 日本人の労働生産性が低い理由は、これまでにも説明してきた戦後の成功体験が大きく関係しています。終身雇用・年功序列型の会社では年数を重ねると出世ができますが、これは見方を変えれば、「仕事のパフォーマンスはそれほど重視されない」ということでもあります。

島澤 パフォーマンスが重視されないということは、平たく言えば、「いくら仕事ができても、給料はそんなに変わらない」ということですね。

出口 パフォーマンスが大事ではなくなると、ロイヤリティー(忠誠心)が重きをなすようになります。「会社に長く居残っている人は仕事が好きで愛社精神がある」「早く帰る人は不真面目」といったレッテルが貼られるようになり、いつしか「ダラダラ遅くまで働くのが美徳」という文化が根付いていったのです。

島澤 私も30歳ぐらいまで役所で働いていましたが、まさにそんな感じでしたね。ダラダラと働くと就労時間が長くなるし、仕事の工夫もしなくなります。そしていつのまにか、夜遅くまでいることが誇りみたいな感じになりました(笑)。まぁ、国会の先生など相手のある仕事でもありましたので、相手にも変わってもらわないと何ともならない部分も多かったのですが...。

出口 昔は残業している部下に対し、無意識に「遅くまでご苦労さん」「頑張っているな」と声をかけていたのですが、最近は極力「早く帰れ」と言うようにしています。「ご苦労さん」とねぎらうと、新しく入ってきた人たちが「この職場では遅くまで働いていたら評価されるんだ」と勘違いしてしまいますからね。
 直帰した部下がいて、他の社員に「◯◯君はどうしたんだ?」と訊いて「直帰しました」と言われると、「何だ、もう帰ってしまったのか」と不用意な発言をする上司もいますが、これもよくありません。もちろん悪気があって言っているわけではないのですが、それを傍目で聞いた部下たちは「直帰するのはよくない」「この人の下では、早く帰ったら評価されない」と考えるようになり、遅くまでダラダラと働く。これでは金輪際、生産性は上がりません。

島澤 労働生産性を上げるには、決められた時間内でアウトプットを出すことを心がけることが大事だと思います。日本の職場では分母(労働時間)を際限なく増やす傾向があるので、まずは労働時間をあらかじめ決めてタガをはめておき、そこから「この時間内でもっとアウトプットを出すにはどうすればいいのか」を考えるのが良い方法だと思います。

出口 これを変えるには個人の意識の変革も大切ですが、企業や管理職が率先して取り組まないとなかなか解決できない問題だと思います。例えば、「上司の指示がない限り残業はできない」など、分母を増やさない取り組みを始めるべきです。

島澤 上司は上司で部下の残業が多ければ多いほど評価が低くなる仕組みにしておけば、上司の許可を取るのが面倒になりますから、生産性は確実に上がりますね。

出口 企業側で決断できないのであれば、政府が原則残業禁止の法制化に取り組むなどタガをはめていかないといけない。そのくらい重要な問題だと思います。

日本は長時間働いて休暇も少ないが、成長率がヨーロッパより低い


島澤 労働生産性をグローバルな視点で見れば、世界は「時短」に向けて動いています。残業をすると残業代が支払われますから、会社の経費のムダ遣いとみなされています。

出口 労働時間を減らすための取り組みは全世界で積極的に行われており、例えば、ドイツは名目GDPが世界第4位という経済大国ですが、午後6時以降の残業を禁止する法改正に取り組んでいます。このほか、ネーデルランドではワークシェアリングを導入し、フランスでは週35時間労働を徹底させるなど、おもにヨーロッパで時短への動きが進んでいます。それでも、直近ではEUの成長率の方が日本より高いのです。
 一方で、日本はOECDの発表値では年間労働時間が2200時間以上(1970年ごろ)だったのが、2013年には1735時間まで減っています。40年余りで約2割削減されていますが、これはあくまで見かけの数字にすぎません。日本の労働時間が減ったのは、パートタイムの労働者が増えたからです。パートタイムの労働時間が約1150時間なのに対し、フルタイムの労働者は約2000時間ですから、現実は1994年ごろから両者とも労働時間は横ばいのままあまり変わっていない。変わったのは両者の構成比だけです。
 また各国の有給休暇の消化率(オンライン旅行サイト「Expedia」調べ)を見ると、日本は年次有給休暇の日数が少ないうえに消化率が低いという結果が出ています。上司や同僚の目を気にして、なかなか休暇が消化できないという事情があります。
 一方、ドイツやフランスは有給休暇率の消化が100%近くで、1カ月近くバカンスを楽しむ人も少なくありません。これは、ヨーロッパ諸国では「休む文化」がしっかりと根付いているからです。労働時間が少なく休暇が多くて、しかも成長率が高い。ヨーロッパはすばらしい社会ではありませんか。日本は長時間働いて、休暇も少なく、それにもかかわらず成長率がヨーロッパより低いのです。

島澤 ヨーロッパの人たちはしっかりと休みますが、だからといって生産性が低いわけではありません。市民の豊かさを示す指標のひとつである1人あたりの購買力平価GDPを見ても、ドイツやフランス、ネーデルランドなどは日本の数値を上回っています。日本も何らかの対策を打つ必要がありますね。

出口 労働生産性を上げるのを阻む最大の壁は、「時間もスタッフも無限に使える」という誤った考えです。「長時間働いたから良い仕事ができた」という例は、僕の67 年の人生でも残念ながら見たことがありません。ご飯をしっかり食べて、よく寝てスッキリしたほうが、はるかに良い仕事ができるはずです。古代ギリシアの数学者で発明家であるアルキメデスも湯舟の中でアイデアが浮かんだのではなかったでしょうか。
 現在、日本は少子高齢化の影響で労働人口が減少傾向にあり、このまま何もしないと2060年には日本の労働人口が約4割減ってしまいます。そして労働生産性がこのまま変わらなければ、GDPも4割減るのです。労働生産性を向上させることは、今後の日本にとって必要不可欠と言えます。

(了)





自分の半径5mから日本の未来と働き方を考えてみよう会議
出口治明・島澤諭 著



出口治明(でぐち・はるあき)
1948年、三重県生まれ。京都大学法学部卒業。1972年、日本生命保険相互会社入社。日本興業銀行(出向)、生命保険協会財務企画専門委員会委員長(初代)、ロンドン事務所長、国際業務部長などを経て、2006年に日本生命保険相互会社を退職。東京大学総長室アドバイザー、早稲田大学大学院講師などを経て、現在、ライフネット生命保険株式会社・代表取締役会長兼CEO。

島澤諭(しまさわ・まなぶ)
東京大学経済学部卒業。1994年、経済企画庁(現内閣府)入庁。2001年内閣府退官。秋田大学教育文化学部准教授等を経て、2015年4月より中部圏社会経済研究所経済分析・応用チームリーダー。この間、内閣府経済社会総合研究所客員研究員、財務省財務総合政策研究所客員研究員等を兼任。専門は世代間格差の政治経済学。
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