カルチャー
2013年11月8日
中学時代のエピソードから知る
マー君(田中将大)の強さのヒミツ
『一流の習慣術』より
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闘争心のスイッチを入れる


 将大は走るのはそれほど速くはないのですが、バントやピッチャーゴロを処理するときのフィールディングは上手です。

 中学生離れした高速スライダーを投げていたので、将来プロでも通用する可能性もあると思っていましたが、それを確信したのはフィールディングの良さに現れているように、自分から崩れる要素が少ない選手だったからです。

 いくら速いボールが投げられても、プロでは守備がお粗末だったり、牽制球が下手だったりすると、相手チームはその弱点を容赦なく突いてきます。些細なきっかけで自分のピッチングのペースを崩されてしまい、本来の投球ができずに自滅するパターンは少なくないのです。

 けれど、将大はそういう死角が少ないピッチャーです。守備も牽制球も上手なので、ピッチングに集中できます。

 甲子園でもプロになってからの試合運びを見ていても、崩される場面が少なく、マイペースで投げている試合が多いと思います。

 さらに将大にはピンチになっても、心が折れないように自らを奮い立たせる力があります。中学時代、家から自転車に乗って練習グラウンドに来るときまでは、彼はどちらかというと優しい表情をしています。いまでもテレビCMなどを観ると、マウンドとは違う柔和な表情をしていますが、あの顔です。

 けれど、自転車を駐輪場に止めてグラウンドに入るゲートを越えた瞬間、スイッチが入ったかのように目つきが変わります。状況に応じてオンとオフの切り替えが上手く行えるのです。

 野球はチームスポーツです。練習中も試合中も怖い顔で常時〝戦闘モード〟に入っていては、チームメイトも引いてしまいます。普段は闘争心を内に秘めておいて、ここぞというときに表に出して爆発させる。そういう切り替えが必要です。

 2006年、史上2校目となる大会3連覇がかかった夏の甲子園では、将大は駒大苫小牧のエースとして出場しました。そして決勝では、早稲田実業高校の斎藤佑樹投手との投げ合いで球史に残る名勝負を展開します。延長15回でも1対1のままで決着がつかず、1969年以来の決勝引き分け再試合となり、再試合で将大の駒大苫小牧は3対4で早稲田実業に敗れました。

 ピンチになってもクールで表情を変えない斎藤投手と、闘争心を表に出して相手打線に向かっていく将大は好対照でした。でも、将大がマウンドで厳しい顔をしていたのは、自分を鼓舞しなければならない理由があったからです。


『一流の習慣術』
イチローとマー君が実践する「自分力」の育て方
奥村幸治



奥村幸治(おくむら こうじ)
1972年兵庫県尼崎市生まれ。93年オリックス・ブルーウェーブ(現オリックス・バファローズ)に打撃投手として入団。94年イチロー選手の専属打撃投手となり、日本プロ野球最多210安打達成に貢献。「イチローの恋人」としてマスコミで紹介され、話題に。95年に阪神、96年に西武で打撃投手。96年自らユニフォームを脱ぎ、米国でメジャーリーグの野球を勉強。個人トレーナーとしてプロ選手らを指導した。99年に中学硬式野球チーム「宝塚ボーイズ」を結成し、強豪チームに育て上げる。楽天の田中将大投手は教え子。現在は同チームを応援するNPO法人「ベースボールスピリッツ」理事長も務める。
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