スキルアップ
2014年4月8日
仕事に効く、大人の漢文【1】「くじけそうになったら」
[連載] 読むだけで人間力が磨かれる、大人の漢文【1】
監修・田部井文雄
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「仕事」「人間関係」から「自分磨き」さらに「趣味」まで、漢文には人間力を高めるための知恵が詰まっています。『論語』『老子』『史記』など、知っていそうで知らない古典から“人間力”を磨くのに役立つ名言を収録した『読むだけで人間力が磨かれる、大人の漢文』から、特に仕事に効く漢文を紹介しましょう。


あきらめないことで達成できるものがある


 努力を続けているのに、結果が出ない。そんな悩みを抱いた経験はありませんか?

 ダメだと思ったときに、あきらめるか、あきらめないか。成功を手にすることができるのは、あきらめなかった人だけです。そのことをよく表している名言が、『後漢書』という歴史書にあります。

◎志有る者は、事(こと)竟(つ い)に成る。(後漢書、耿弇伝)
 訳)意志の強い人間は、最後にはものごとを成し遂げるものだ。

 時は紀元後一世紀、のちに後漢王朝を開くことになる劉秀(前六~後五七)が、まだ天下統一の戦いをくり広げていたころの話です。

 部下の耿弇(こうえん)という将軍が、ある強敵を平定するための作戦を提案したことがありました。しかし、その計画は遠大で、とても実現できそうにはありません。だれもまともに受け取ろうとはしませんでした。

 ところが、耿弇は自分の作戦を着実に進めていき、ついには強敵を平らげてしまいます。その戦勝の宴で劉秀が発したのが、このことば。しっかりとした志を持っている人間は、他人から見ると不可能に思われることでも、成し遂げることができるのです。

 精神力の偉大さを説いた名言としては、次のことばも有名です。

◎精神一到、何事か成らざらん。(朱子語類、八、学二)
 訳)精神を集中すれば、どんなことでも成し遂げられないことはない。

 これは、南宋王朝の時代の思想家、朱熹(しゅき)(一一三〇~一二〇〇)のことば。朱熹は、「朱子学」として知られる壮大な哲学大系を構築して、中国のみならず朝鮮半島や日本にも絶大な影響を与えた大学者です。

 昔の中国では学者は政治家でもあったため、朱熹もさまざまな政界の嵐に翻弄され、浮き沈みの多い生涯を送っています。この力強いことばの背後には、現実の社会で苦労に苦労を重ねながらも、自分を信じて学問をあきらめなかった、彼の生涯が横たわっているのでしょう。

 出典の『朱子語類』は朱熹のことばを集めた書物ですが、この直前には「陽気発する処、金石も亦た透る」とあります。

 「陽気」とは、この世のあらゆるものを動かす力。大自然のエネルギーが動き出すと、金属や岩石だって突き破ってしまう。それと同じように、人間の精神力もあらゆることを成し遂げることができる、というわけです。

自分で自分の力を見限ってしまってはいないか


 このように、精神力はとても重要です。とはいっても、才能のない人間がいくら努力してもしかたないんじゃないか。そう感じることもあるでしょう。

 孔子の弟子、冉求(ぜんきゅう)(前五二二?~前四八九?)も、そう感じた一人でした。思い詰めた彼は、ある日、孔子のもとで学問するのをやめようかと考え、「先生の教えが気に入らないのではありません。私の力が足りないのです」と言い出しました。

 それに対する孔子の答えが、『論語』に記録されています。

◎力(ちから)足らざる者は中道(ちゅうどう)にして廃す。今、女(なんじ)は画(かぎ)れり。(論語、雍也編)
 訳)力が足りない人間は、途中まで進んで力尽きてやめるものだ。いま、お前は自分で自分を見限ってしまっているのだよ。

 あらん限りの力を振り絞って努力を続け、どうしても先へは進めないという限界まできて力尽きてしまう。それこそが、「力が足りない」ということなのだ。――孔子が言っているのは、そういうことです。

 では、冉求はどうなのか? ほんとうに力の限り努力しているのか? まだ可能性が残っているのに、自分で勝手に限界だと思い込んでしまっているだけではないのか?

 冉求は、『論語』には何度も登場します。孔子からは「求や退く(冉求は消極的な性格だ)」と言われてしまう場面もありますが、政治家としての手腕は高く評価されています。孔子に激励されて努力を続けたからこそ、大成したのでしょう。

 自分で自分の可能性を潰してしまう。

 私たちが避けなくてはならないのは、そのことです。冉求に対する孔子のことばは、私たち全員が、胆に銘じておくべきでしょう。

(第1回・了)





読むだけで人間力が磨かれる、大人の漢文
こんな場面で使いこなしたい!
田部井文雄 監修



【監修】田部井文雄(たべいふみお)
1929年生まれ。東京教育大学大学院修士課程修了。都留文科大学、千葉大学教授を経て、現在、湯島聖堂斯文会参与。『大漢和辞典』を初めとする漢和辞典、高校教科書などの編集に数多く携わり、NHKラジオ、テレビの放送なども担当。現在は、朝日カルチャーセンターや湯島聖堂斯文会などで、漢詩文に関する講義を行っている。主な著書に、『唐詩三百首詳解(上・下)』『中国自然詩の系譜』『四字熟語物語』(いずれも大修館書店)、『陶淵明集全釈』(共著、明治書院)、『漢文塾 漢字文化の魅力(上)』『漢詩塾 漢字文化の魅力(下)』(いずれも明治書院)など。また、『親子で楽しむこども論語塾』(明治書院)、『絵でみる論語』(日本能率協会マネジメントセンター)、『読むだけで人間力が磨かれる、大人の漢文』(SB新書)などの監修も務めている。
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