スキルアップ
2014年6月30日
なぜ人はゲームにハマるのか【補講1】パックマン
[連載] なぜ人はゲームにハマるのか【補講1】
文・渡辺 修司/中村 彰憲
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ルドにおけるバランス崩壊の可視化


 『なぜ人はゲームにハマるのか』第10章で示したシーソー型のバランス演出を思い出してください。その際、プレイヤーはあくまでシーソーバランスの範囲内を自由に変更し、リスクと時間(目標達成にかかる)におけるトレードオブによって、難易度を調整できることを解説しました。

 しかし、プレイヤーの選択がこのバランス範囲から外れてしまった場合はどうなるのでしょうか? つまり、効率予測型のバランス演出をもってしても、想定された範囲以上に、「簡単すぎる」または、「難しすぎる」という状況が発生した場合、どうなるのかということです。

 例えば、「パックマン」のルド・ストラクチャーにおける①ドットの取得のための効率予測を例にすると、「ドットを無視して逃げる」から「ドットを取得する」というバランス範囲が提供されています。しかしドットを取得するという状況を予測しつつも、それがあまりにも簡単すぎるとしたら、プレイヤーはもはや、ドットを取得するという行為について効率予測を意識するまでも無く、自然にそれをこなせるようになるでしょう。これをシーソーモデルで示すと、プレイヤーの作用点がシーソーの右側に飛び越える事となり、シーソーのバランスが崩壊する様を示します。そこで、筆者らは、この状態を「効率予測におけるバランスの崩壊」と称したいと思います。

 下図はシーソーモデルによる難易度バランスの幅とバランス崩壊したときの、「バランス不足域」と「バランス飽和域」です。


 ルドとして提供されるデザインが、すでに効率予測の範囲内で挑戦の度合いと、目標達成までの時間において最適なトレードオフを行うことができるため、難易度バランスの幅を提供できるのですが、このトレードが成立しえないエリア、つまり難易度が不足しプレイヤーに簡単すぎると思わせる領域と、難易度が高すぎてプレイヤーにとって難しすぎる状態です。

 それぞれの領域を、「難易度不足域」、「難易度飽和域」と表現します。

 この状態をルドモデルを用いて、同様に説明すると下図のようになります。一見すると、難易度飽和域と難易度不足域が反対に配置されているように見て取れますが、それは違います。

 では、なぜそうなのかをこれから解説していきましょう。


 一見すると、ルド単体においては、この不足域はルドでは示されない領域と感じるかもしれません。しかしながら、ルド・ストラクチャーは、ルド同士の入れ子型になっていることを思い出してみましょう。

 このような難易度バランスが崩壊した状況にいたっても、より上位のルドから見た場合、上位のルドの内部として記述することができます。

 ここで、もういちど「①ドットの取得」周辺のルド・ストラクチャーを観察してみましょう。

 プレイヤーが、現在①ドットの取得のルドにて、「ドットを無視して逃げる」と「ドットの取得」の難易度バランスの幅で、効率予測を感じているとします。しかしスキルが上昇し、ある瞬間からこのルドでは難易度が不足してしまったとプレイヤーが感じてしまったとします。

 つまり、難易度不足域への突入です。

 当然、このときプレイヤーは、より難易度の高いものに視点が誘導されるわけです。

 ここで、ルドにおいての難易度とは、『なぜ人はゲームにハマるのか』の「効率予測と時間」との関係で示した以下のものです。

①同じ難易度のものに対しては、より挑戦の度合いの高い条件へ挑戦(より早くに目標を達成することへの挑戦)
②難易度自体がより高いものへの挑戦(目標達成のためにより時間がかかる難易度の選択)

 この場合、通常のルドとして得た効率予測が①の状況であり、ルド上では左右の動きで示されます。これが難易度不足(右にふりきれる)になったわけですから、「②難易度自体がより高いものへの挑戦(目標達成のためにより時間がかかる難易度の選択)」が発生すると考えられます。

 具体的に、ドットの取得という行為で説明すると、

「ドットを取得する」という行為自体は簡単すぎだが、この行為を連続で実行させる行為を、より長い目標達成時間をかけて行わせる。

ということです。

 パックマンにおいては、上位構造に「④全ドットを取得(ステージクリア)」というルドを設置することで、プレイヤーに、ドット取得という行為の、次の段階の効率予測を発見させることに成功しているといえます。

ポイント④【ルドの難易度が不足した場合、上位のルド・ストラクチャーに視点が誘導される。】

 プレイヤーにとっては、ドットの取得が、単体として難易度バランスが提供されるのみならず、その直列的な集合体の先に、新たな難易度バランスが提供されたといえるでしょう。

 このようなプレイヤーの難易度の体験状況を可視化するために、ルド・ストラクチャーではリスクの高い選択範囲(例:ドット取得)と、効率予測名称(例:①ドットの取得)、そして、その上位の効率予測名称(例:④全ドットの取得(ステージクリア))は、それぞれ再帰的に、"行為の連続性"で、系統立てる必要があります。

 言葉にすると難しいのですが、記述上気を付けることは、

「右側にかかれていることは、すべて上に書かれていることと系統だっている必要がある。」

と覚えておくとよいでしょう。

 この記述を行うことで、ルドにおいて、プレイヤーが難易度が不足した場合(つまり右側にふりきってしまった場合)、上の構造に移動するというシンプルな可視化を実現することができます。

ポイント⑤【ルド・ストラクチャーでは、プレイヤーの難易度の受け取り方の可視化を行うため、リスクの高い選択範囲と、これを内包する上位の効率予測で系統立てる必要がある】


 では、今度は難易度が飽和し、現在のルドではプレイヤーに「難しすぎる!」としか思われない状況だとします。

 改めて、プレイヤーが「①ドットの取得」を行いながら、左側に振り切ってしまった状況だとします。

 このとき、プレイヤーの視点は、そのまま左側に移動します。

 ルド・ストラクチャーの入れ子構造とは、効率予測自体がより上位のルドにとって、"難易度バランスの幅"であることを表しています。

 つまり、上図は共に④全ドットの取得(ステージクリア)を表す2つのルドであり、下位のルド構造まで記述してあるかないかの違いでしかありません。

 そのため、「①ドットの取得」で難易度が高いと感じた場合、④全ドットの取得(ステージクリア)のルドにとってより難易度の低い、つまり、より左側に記載されたルド「②一時的な不死身状態」に、プレイヤーの注目は誘導されます。

デンジャーのルド・ストラクチャー上での意味


 では、さらに「②一時的な不死身状態」でも難しいと感じたらどうなるのでしょうか? たとえば「パワーエサがとれないよ!」という状態です。通常のルド・ストラクチャーでは、プレイヤー自体がリスクコントロールをしながら着目する効率予測を変化させていきます。ですが、ここでは、プレイヤー極限まで、難易度の低い効率予測へと移動しきってしまいました。そうなると、プレイヤーはこのルドの中で必ずモンスターにつかまることでしょう。

 このような場合、プレイヤーは、デンジャーへと強制的に移動されます。多くのゲームの場合、「③残機の現象」という形態でそれは表現されます。

※クリックすると拡大


 この状態では、強制的にプレイヤーの視点がルド・ストラクチャーの右側に移動され、③残機の減少、さらには④ゲームオーバー(ゲームの終了)へと移っていきます。

 もっとも、④ゲームオーバー(ゲームの終了)となっても、すぐに⑩他のゲーム選択に移るわけではありません。プレイヤーには、現実世界の体験である100円を入れてコンティニューするか否かという効率予測が発生するからです。そして、それすらも無意味だと思えるようになった時、プレイヤーはゲームの継続を断念するという効率予測、つまり「ゲームが難しすぎてやめる」という現象が発生するのです。

 ⑤ゲームオーバーから続く一連の流れが示すように、効率予測はゲームそのものだけではなく、ゲームプレイ後もプレイヤーによっておこなわれます。従って、ゲームデザイナーは、ゲームそのものを選択する段階や、ゲームをリトライする際のプレイヤーの心理状況もルド・ストラクチャーで予めデザインしておくことが望ましいのです。

ルド・ストラクチャーを構築するべき順番


このように、ルド・ストラクチャーにおいては、上位と下位のモデルが、それぞれ"独立"しているのではなく単体のルドでバランスが崩壊した領域を補完しあいながら、全体の構造(ストラクチャー)を構成します。

 そして、このような構造自体が、プレイヤーをゲーム全体で複雑なバランス構造を導きだし、より長い時間プレイヤーを没入体験させる仕組みになっているといえるでしょう。

 また、ゲームデザイナーは、ゲームデザインの仕様を詰めていく際は、ゲーム全体を最初から俯瞰するよりは、最も基礎となる効率予測からはじめ、それに対応したゲームデザインを提供・変更したり、系統立ててブラッシュアップしていくことで、より多くの人たちの様々なスキルレベルに応じたゲームステージのデザインが可能となり、これらが効率予測を誘導できているかを検証できるようになります。更に、必要に応じて再設計もし易くなるのです。

ポイント⑤【ルド・ストラクチャーをデザインする際は、左右に同じバランス範囲をもち、互いが効率予測の関係にないものについては、上下に並列記述する】

ではさらに次の4点についても解説していきましょう。






なぜ人はゲームにハマるのか
開発現場から得た「ゲーム性」の本質
渡辺 修司、中村 彰憲 著



【著者】渡辺 修司(わたなべ しゅうじ)
2007年より大学の教鞭をとり、2010年度より正式に立命館大学映像学部准教授に専任。現職 日本デジタルゲーム学会研究委員、立命館大学ゲーム研究センター運営委員。1997 年 「FinalFantasy7 international」(株式会社スクウェア) でゲーム業界に参加後、多数の会社で企画・監督職として参加。代表作は、2008年「internet Adventure」(株式会社セガ) 原案・企画監修。2004年 エンターブレイン主催 第1回ゲーム甲子園 大賞受賞 「みんなの城」個人作品、2003年 メディア芸術祭審査員推薦作品 「ガラクタ名作劇場 ラクガキ王国」(株式会社タイトー 2003年)、原案・監督職

【著者】中村彰憲(なかむら あきのり)
立命館大学映像学部教授、日本デジタルゲーム学会副会長、立命館ゲーム研究センター運営委員。名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程後期修了後、早稲田大学アジア太平洋研究センター助手、立命館大学政策科学部助教授を経て現職。東京ゲームショウアジアビジネスフォーラムアドバイザー(2010ー2011)、太秦戦国祭り実行委員会委員長(2009-2012)などを歴任。主な著書に、「デジタルゲームの教科書」(SBクリエイティブ、アジア市場を担当)、「ファミコンとその時代」(NTT出版、上村雅之氏、細井浩一氏と共著)、「テンセント VS. Facebook」、「グローバルゲームビジネス徹底研究」、「中国ゲームビジネス徹底研究」シリーズ(全てエンターブレイン)など多数。「ファミ通ゲーム白書」においては創刊以来、一貫して中国及び新興市場を担当する。最近は、GPS機能を活用したゲーム的アプリ開発のプロジェクトにも参画し、GDC2012でも講演。博士(学術)。
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