スキルアップ
2014年6月30日
なぜ人はゲームにハマるのか【補講1】パックマン
[連載] なぜ人はゲームにハマるのか【補講1】
文・渡辺 修司/中村 彰憲
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⑦得点の増加(10000点で残機増)、⑥フルーツの取得と⑧イジケモンスター連鎖、⑪ハイスコア


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 このルド・ストラクチャーは、すべて得点にまつわって系統立てられたルドの集合です。

 ⑥フルーツの取得のルドは、ステージごとに一定のタイミングで出現するフルーツを取るという効率予測を表しています。また、よりリスクの低い行動として④全ドットの取得(ステージクリア)が配置されます。

⑧イジケモンスター連鎖
 本作では、パワーエサを食べることでパックマンとモンスターの立ち場が逆転し、モンスターを食べることができるようになります。この際に連続してモンスターを食べることで、得点が倍増しながら加算されます(200・400・800・1600点)。これは点数の増加を意識したときに、極めて重要な効率予測といえるでしょう。

 ここでは②で、パワーエサによって不死身となり、安全にドットを取っていく効率予測が考慮されています。そのため純粋に「パワーエサを食べてから約10秒の時間制限内にモンスターを連鎖で食べる」という、点数にまつわる効率予測だけを考慮すればよいことになります。

 特に4匹のモンスターを約10秒で食べようと考えた場合、極めて時間制限が厳しく、明らかにステージクリアと背反する効率予測がデザインされているといえるでしょう。

 ⑥や⑧ように複数の効率予測モデルが相互に影響を与えあう関係になっていない場合、「パワーエサ」を食べるという条件を満たしたときに、自由に選択できることを意味しています。そのため、これをルドとして示すためには、上下に並行して記載します。ただし⑥も⑧も、左右に同じバランス範囲(ステージクリアと、点数の増加)を備えていることが条件となります。

 もし左右のバランス範囲が異なる場合は、プレイヤーの効率予測に別の要因が介在することを意味しています。そのため、そこにはかならず別の効率予測が発生していると考えるべきで、並列に記述にするべきではありません。

 なお、並列で記述する場合、括弧で囲みそれぞれの予測の範囲を明示する(ステージクリア~得点の増加)ことで、それぞれの左右のバランス範囲を明確化することもできます。

ルドによるゲームと現実世界の境界の表現


 また、ゲームを、人がおこなう「活動のひとつ」として改めて見直すと、プレイヤーは100円を支払う(コンティニューする)という選択と、やめるという選択も効率予測にもとづいて判断しているのが分かります。つまり、ゲームそのものから離れても、人は自身が与えられた時間を何に活用するかで効率予測を考えるからです。では、人が自身の活動として、ゲームプレイを選ぶか否かは、何を基準に判断されるのでしょうか?今回事例とした「パックマン」のルド・ストラクチャーにおいて、それはどこに位置づけされるのでしょうか?それは、ゲーム自体の対する【評価】です。ただし、その評価軸は人によって多様です。ゲーム体験を、自身の過去におけるゲーム体験と比較した場合、100円の価値、さらには現実世界における他の活動とのスケジュールの関係や、プレイヤーのその時の感情など、さまざまな要因が関係することでしょう。プレイヤーにとって100円を投入してはじめる「パックマン」のリトライという行為が、他の活動と比較して、自身が設定した目標(たとえば、楽しい時間をすごすなど)を達成できると判断した場合は、100円を投入することを【選択】し、内包された効率予測(ここでいうパックマンのソフトウェア体験)に注目点に移すことが可能となります。

 しかし、ゲームの【評価】がそこに値しなかった場合、つまり「パックマン」の難易度が低すぎる、または高すぎるという理由からバランスが崩壊した場合、ここまで見てきた効率予測の法則にしたがって、より上位の効率予測に注目点がうつります。ここでは、アーケードゲームが配置されている場所を想定しているため、上位は⑩他のゲームの選択に注視点が移ることになります。

 【ルドはゲームと現実世界の境界も同一モデルで示すことができる】

 もっとも⑩他のゲーム選択という効率予測をしたプレイヤーは、家に帰って眠ることに効率予測を見出すかもしれません。このように、効率予測は、ゲームと現実世界の境界線にのみ存在するものではなく、その上位構造である現実世界にまで広がりうるのです。従って、ゲームデザイナーがルド・ストラクチャーを構想する際は、その段階までルドによる効率予測を展開していく必要があります。

 ゲームデザイナーにとっては、ゲームオーバーも、ゲームプレイの停止もゲームの終焉として考えるべきではなく、再プレイを行えなくなった段階をもってゲームの終焉と考えるべきであり、再プレイを促すデザインも含めて提供するべきだといえます。

 特にアーケードゲーム以降、長時間プレイを行わせるゲームは増加していきました。このとき、連続したゲーム体験のみを想定してゲームデザインを行うのではなく、断続的なゲーム体験を想定し、ゲームを辞めている時のプレイヤーの体験を考慮したルドを構築し、ゲームデザインとして提供することは、より必要性を増していったといえるでしょう。 つまり、ゲームをしていない時の体験、例えば、家庭用ゲーム機がテレビに接続されることで、テレビを視聴しているときに、ゲームができないという体験や、ケータイ電話と同居し、通話しながらゲームができないという体験は、ルドと効率予測を用いて考えたときに、ゲームデザインと直結され、デザイナーが考慮するべき要素の一つといえるのです。

パックマンのルド・ストラクチャーが教えること


 では、パックマンのルド・ストラクチャーを解説する中で確認できた、ルド・ストラクチャーの特性について改めて確認しましょう。

・ゲームの構造は効率予測モデルの組み合わせによって可視できる。

・効率予測モデルのバランスが崩壊すると、プレイヤーの注目点はバランスの崩壊方向によって移動する。

・ゲームデザイナーはゲームのソフトウェアではなくゲーム体験そのものをデザインしており、効率予測モデルによってその構造を可視できる。

つまり、ゲームをルド・ストラクチャーとして構成すれば、ゲームの作り手が如何なる意図をもってゲームを構成したのか垣間見ることができるのです。

(了)
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なぜ人はゲームにハマるのか
開発現場から得た「ゲーム性」の本質
渡辺 修司、中村 彰憲 著



【著者】渡辺 修司(わたなべ しゅうじ)
2007年より大学の教鞭をとり、2010年度より正式に立命館大学映像学部准教授に専任。現職 日本デジタルゲーム学会研究委員、立命館大学ゲーム研究センター運営委員。1997 年 「FinalFantasy7 international」(株式会社スクウェア) でゲーム業界に参加後、多数の会社で企画・監督職として参加。代表作は、2008年「internet Adventure」(株式会社セガ) 原案・企画監修。2004年 エンターブレイン主催 第1回ゲーム甲子園 大賞受賞 「みんなの城」個人作品、2003年 メディア芸術祭審査員推薦作品 「ガラクタ名作劇場 ラクガキ王国」(株式会社タイトー 2003年)、原案・監督職

【著者】中村彰憲(なかむら あきのり)
立命館大学映像学部教授、日本デジタルゲーム学会副会長、立命館ゲーム研究センター運営委員。名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程後期修了後、早稲田大学アジア太平洋研究センター助手、立命館大学政策科学部助教授を経て現職。東京ゲームショウアジアビジネスフォーラムアドバイザー(2010ー2011)、太秦戦国祭り実行委員会委員長(2009-2012)などを歴任。主な著書に、「デジタルゲームの教科書」(SBクリエイティブ、アジア市場を担当)、「ファミコンとその時代」(NTT出版、上村雅之氏、細井浩一氏と共著)、「テンセント VS. Facebook」、「グローバルゲームビジネス徹底研究」、「中国ゲームビジネス徹底研究」シリーズ(全てエンターブレイン)など多数。「ファミ通ゲーム白書」においては創刊以来、一貫して中国及び新興市場を担当する。最近は、GPS機能を活用したゲーム的アプリ開発のプロジェクトにも参画し、GDC2012でも講演。博士(学術)。
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