ビジネス
2015年4月14日
MRJ(三菱リージョナルジェット)に見る日本のものづくり復活の鍵
[連載]
日本のものづくりはMRJでよみがえる!【1】
文・杉山勝彦
日本のオールスターが集結し、技術の粋がつまった国産旅客機、MRJ(三菱リージョナルジェット)。並みいる世界のライバルメーカーたちに対してMRJはどんな優位性をもっているのか? 日本の航空機産業は、果たして新たな成長産業として軌道にのれるのか? MRJをウォッチし、航空機産業を支えるメーカーの現場を丹念に見てきた杉山勝彦が執筆し、5月に刊行予定の『日本のものづくりはMRJでよみがえる!』から、日本のものづくり復活のヒントを見ていこう。
ものづくり復活のヒントは、MRJにあり
筆者は、昨年10月に完成機体をお披露目し、今年初飛行を予定している三菱リージョナルジェット(以下、MRJ)が日本のものづくり復活の鍵になると考えている。
ただし、MRJをどんどん売れば景気がよくなるとか、航空機産業こそが日本の製造業を支えるといいたいわけではない。
確かにMRJはライバル機に比べて圧倒的な燃費性能を誇り、なおかつ居住性にも優れた、素晴らしい機体である。順調に飛行試験が進んでいけば、世界的なベストセラー機になっても何の不思議もない。それでも、MRJ1機種による年間の売上高はせいぜい2500億円程度と見込まれる。2022年の航空機市場規模予測が2・4兆円なので、その1割というのはもちろん大きな金額ではあるが、60兆円の自動車産業に比べたら大したことはない。
しかし、それでも筆者がMRJを鍵だと考える理由は、2つある。
1つは、MRJのような航空機の製造には「日本の強みが集約されていること」。もう1つは、「グローバル市場を攻略するためのヒントが隠されていること」である。
この2つのポイントは、航空機産業のみならず、他産業へも応用が可能なはずだ。
なぜ日本のものづくりは衰退したのか
日本のものづくりが危機的な状況にあるということは、すでに多くのメディアが指摘していることである。
中でもエレクトロニクス産業の業況は深刻だ。最大の理由は、デジタル化にうまく適応できなかったことにある。
家電の世界では、部品はすべてモジュール化され、どの企業でも簡単に同じモノをつくれるようになってしまった。電子機器の受託生産を行う台湾などのEMS(Electronics Manufacturing Service)が登場したことで、ハードウェアを製造する敷居はかつてなく低くなっている。パソコンはその際たるモノで、少し知識がある人ならば部品を集めるだけでそこそこの性能を持ったデスクトップパソコンを20分ほどで完成してしまう。これまで積み重ねてきた製造技術の蓄積がまったく使い物にならなくなってしまったのである。
同じエレクトロニクス産業でも、半導体の場合は少し事情が異なるが、製造技術が陳腐化してしまった点では共通している。
半導体製造においては、ステッパーなどさまざまな製造装置を駆使して量産が行われる。ステッパーというのは、シリコンウェハーに回路パターンを投影して露光する、半導体製造のキモともいえる装置だ。
半導体製造のノウハウは、こうした製造装置にすべて移植されており、製造装置さえ購入すれば同じ性能の半導体をつくることは極めて容易である。半導体産業は、こうした製造技術をうまく囲い込むことができず、新興国のキャッチアップを簡単に許してしまった。
ボリュームゾーンを追う戦略はもはや通じない
製造業が、経済の構造変化に目を向けず、ボリュームゾーンだけを追い掛け過ぎてしまったことも次のステップへの対応を難しくしている。
需要が見込める領域については膨大な設備投資を行い、さらに需要を高めて、それがまた投資を誘発する。こうした「高圧経済」で市場規模を高めてきたのが、日本の製造業のあり方だった。
日本の場合は、政策全般が高圧経済を助長する方向に向かっていたことも大きい。国債を大量発行して、それによって得た資金によって公共投資を行い、それを請け負った企業が設備投資をするというサイクルである。
高圧経済の勝ちパターンに乗った日本は、安価で高性能な製品を投入することで米国の製造業を打ち負かし、世界を席巻した。自動車しかり、家電製品、半導体しかりである。
かつて日本が米国に勝ったパターンを、今まさにアジア諸国が行い、日本を打ち負かすようになってきたわけだが、日本の企業は戦略を転換できずにいる。
新興国をターゲットとして無理に安物の家電や自動車をつくろうとしたり、コストが合わないとなったら新興国に現地工場をつくってでもボリュームゾーンを獲得しようとする。
お金の流れだけを見るならば、貿易収支は赤字だけれども所得収支が黒字であることで、経常収支が黒字になっているというのが、日本の状況だ。つまり、海外に対して投資を行うことで利益を回収しているわけであり、こういうやり方をしている限り、日本国内に雇用が増えないのも当然といえる。
民間企業の製品が売れずに景気が低迷すれば、政府が国債を発行して、公共投資を行う。その中、国家財政が行き詰まる......。これが過去20年間に我々が経験した暗黒の時代だ。
そこから脱却するには、別の稼ぐ方法を見つけなければならない。
人口減少が避けられない日本において、それは「グローバル市場を攻略すること」であることには違いないのだが、先に述べたようにボリュームゾーンだけを追い掛けることにおいては、どうしても新興国に利がある。
MRJという航空機の製造には「日本の強みが集約されている」と冒頭述べたが、まさに高品質という付加価値を持つ製造業が戦略転換をはかる機会を提供してくれているのである。これについて詳しくは次回に譲りたい。
(了)
杉山勝彦(すぎやまかつひこ)
東京都生まれ。企業信用調査、市場調査を経験した後、証券アナリストに転身。以降ハイテクアナリストとして外資系、国内系証券会社を経験し、ほぼ製造業全般をカバー。この間、96年に株式会社武蔵情報開発を設立して中小企業支援の道に入り、長野県テクノ財団主宰の金属加工技術研究会の座長を務める。現在は証券アナリストとして取材、講演活動に従事する傍ら、80年代前半のNY駐在時代に嫌というほど飛行機に乗った経験から研究を始めた航空機産業に対する知識を生かし、中小企業支援NPO法人「大田ビジネス創造協議会(OBK)」をベースに、航空機部品を製造する中小企業の育成に取り組んでいる。
東京都生まれ。企業信用調査、市場調査を経験した後、証券アナリストに転身。以降ハイテクアナリストとして外資系、国内系証券会社を経験し、ほぼ製造業全般をカバー。この間、96年に株式会社武蔵情報開発を設立して中小企業支援の道に入り、長野県テクノ財団主宰の金属加工技術研究会の座長を務める。現在は証券アナリストとして取材、講演活動に従事する傍ら、80年代前半のNY駐在時代に嫌というほど飛行機に乗った経験から研究を始めた航空機産業に対する知識を生かし、中小企業支援NPO法人「大田ビジネス創造協議会(OBK)」をベースに、航空機部品を製造する中小企業の育成に取り組んでいる。