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2015年5月19日
「逆さ地図」で一目瞭然! 中国の列島線と「真珠の首飾り」戦略
[連載] 「逆さ地図」で読み解く世界情勢の本質【4】
文・松本利秋
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南沙諸島を実効支配した中国


 1991年に中国は、同じように相手が弱体化した隙に島を占領するという行為を再度実行に移した。今度の標的はフィリピンだった。

 米軍はフィリピンに駐留していたが、1991年のピナツボ火山の大噴火によって大きな被害を受けていた。さらにはソ連の崩壊で緊張が緩和されたことがきっかけとなって、フィリピン議会が米軍基地撤退を議決した。その結果、フィリピンから米軍が撤退したのである。

 スービック湾の米海軍と、クラークフィールドの空軍基地が廃止されたとたんに、中国はフィリピンが領有する南沙諸島に進出し、島に軍事基地にもなるような建造物を構築して支配を固めていったのである。
 中国はフィリピンが実効支配しているミスチーフ諸島、スカボロー環礁などを占拠。中国人漁民を住まわせるなど、既成事実を作り上げ、実効支配を狙って着々と計画を進めている。

 特にスカボロー環礁は南沙諸島全域の中央に属し、この地域の支配は戦略的に極めて重 要な場所であるだけでなく、フィリピンがここを失えば、領海の38%、さらには50万平方キロメートルにわたる排他的経済水域(優先的に資源を活用できる水域)を失うことになる。フィリピンにとっては実に死活的な問題なのだ。

 親しいフィリピン人の学生が、この問題について「中国のこの行為を日本になぞらえてみれば、突然瀬戸内海の島の領有権を主張して勝手に入り込み、ここは俺たちの領土だから、瀬戸内海全域は中国のものだと主張しているのと同じことだ」と言っていた。フィリピン人がこう受け取るのも無理はない。

 南沙諸島の領有権問題が起こったきっかけは、第二次世界大戦後の1951年(昭和26年)である。この年日本は、第二次世界大戦で交戦した各国と講和条約を結んだ。
 戦争中、この地域を占領していた日本は、講和条約調印によって領有権を全面的に放棄した。その結果、力の空白ができ、周辺各国が次々と領有権を主張し始めたのだった。

 1951年には、まずベトナムが南沙諸島の領有権を宣言。8月には中国が四島の領有権を主張した。1956年(昭和31年)5月、フィリピンが南沙諸島内の無人島の領有を宣言。その直後の6月には、フィリピンが南沙諸島内に滑走路を建設し、兵士や漁民を住まわせる行動に出たことが刺激となって台湾が派兵した。
 現在は中国、台湾、フィリピン、マレーシア、ブルネイ、ベトナムの6ヵ国が係争中である。

 中でも歴史的な背景も絡んで、中国とベトナムの争いは激しく、1974年と1988年に軍事衝突にまでいたっている。ベトナムはベトナム戦争遂行上、中国からの援助を必要としていたので、軍事衝突の件は表ざたにしなかった。
 だが、2009年9月ベトナム政府が戦闘の模様を動画その他で公表し、この問題に対して正式に中国と争うことを表明している。

 南シナ海の南沙諸島支配を着々と進めている中国からすれば、「赤い舌」の中に入れている地域は現在の中国を支える生命線として極めて重要だ。
 何よりもまず、南沙諸島周辺海域は中国にエネルギーを運び込む輸送ルートである。世界の貿易用船舶の約25%が通過するとされ、石油資源の海上輸送など通商上の価値が高いこのルートが途絶えれば、中国の産業はたちまち立ち行かなくなって、経済成長どころではなくなる。このことを逆に見れば、この海域は中国の成長戦略のアキレス腱にもなり得るのだ。

 200にもおよぶというこの海域の島や岩礁を手に入れて、思うがままに利用できれば、中東、アフリカ地域からのエネルギー供給ルートの安全が確保できる。これに加えて1970年代後半になって、この海域一帯の海底で油田と天然ガス田が発見された。

 この海域に眠る石油資源は20億から2000億バーレルともいわれ、もっとも魅力的であるのは海底が大陸棚になっていて浅く、採掘コストが安く見積もられるところだ。
 だからこそ中国は、自前の石油資源が確保できるこの島々の支配権を何としてでも獲得しなければならない。中国は繁栄のために立てた長期戦略上の視点から、この地域の支配を核心的利益と決め込んでいるのだ。






「逆さ地図」で読み解く世界情勢の本質
松本利秋 著



松本利秋(まつもととしあき)
1947年高知県安芸郡生まれ。1971年明治大学政治経済学部政治学科卒業。国士舘大学大学院政治学研究科修士課程修了、政治学修士、国士舘大学政経学部政治学科講師。ジャーナリストとしてアメリカ、アフガニスタン、パキスタン、エジプト、カンボジア、ラオス、北方領土などの紛争地帯を取材。TV、新聞、雑誌のコメンテイター、各種企業、省庁などで講演。著書に『戦争民営化』(祥伝社)、『国際テロファイル』(かや書房)、『「極東危機」の最前線』(廣済堂出版)、『軍事同盟・日米安保条約』(クレスト社)、『熱風アジア戦機の最前線』(司書房)など多数。
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