スキルアップ
2015年5月19日
「逆さ地図」で一目瞭然! 中国の列島線と「真珠の首飾り」戦略
[連載]
「逆さ地図」で読み解く世界情勢の本質【4】
文・松本利秋
中国の「真珠の首飾り」戦術
中国は安定した石油資源輸送ルートを確保するために「赤い舌」を伸ばした。だが「赤い舌」海域の地図を見ると一目瞭然だが、輸送ルートはマラッカ海峡からさらに西に延び、インド洋からアフリカ大陸、さらには中東の石油輸出基地ペルシャ湾にまで伸びている。
ここで中国にとって問題になるのはインドの存在である。インドと中国はヒマラヤを挟んで国境問題を抱えており、これまで何度も軍事衝突があった。中国から見たインドは生存圏拡大の障壁となっている国であり、海洋権益の獲得の上でも大きな壁となっている。
中東、アフリカからの海上輸送には、必ずインド洋を通過しなければならず、マラッカ海峡にはインドの海軍拠点が存在している。その上にあるアメリカの軍事基地ディエゴ・ガルシア島の存在も大きい。従って、中国の次なる目標はインドを軍事的に封じ込め、シーレーンの安定確保を図ることにある。そうなれば、「赤い舌」の実効性が増すのである。
そこで中国が着々と進行させているのが「真珠の首飾り」戦略だ。中国はインドと対立しているパキスタンと友好関係を結び、グワダルの港湾施設を一新させた。さらにはミャンマー、バングラデシュ、スリランカにも投資して港を整備している。
これらの国々と中国が整備した港を線で結ぶと、インドをグルッと取り囲む真珠のネックレスのような形になる。つまり、インドの首に下げられた首飾りが完成すると、インドは首根っこを押さえ込まれ、封じ込められてしまうのだ。
中国が展開する「真珠の首飾り」戦略で、もう一つ注目すべきは、ベンガル湾、アンダマン海における動きである。この海域はマラッカ海峡の出入り口を扼する戦略的に重要な海域で、ベンガル湾とマラッカ海峡を分かつ位置にインド領のアンダマン諸島、ニコバル諸島があり、インド本土からは遠く離れているが、インドネシアとミャンマーには至近の距離にある。
アンダマン諸島の北にミャンマー領のココ諸島がある。中国は1994年に、ココ諸島をミャンマー政府から貸与され、大ココ島に海洋偵察・電子情報ステーションを、小ココ島に基地を建設しているといわれる。これらの施設は、その位置から中国にとって戦略的に極めて重要である。
インドの「ダイヤのネックレス」戦略
現在までのところ、中国海軍にはこれらの数珠繋ぎの「真珠」を利用して、アラビア海 やアンダマン海周辺に常駐的なプレゼンスを維持する能力はないと見られるが、2005年11月から12月にかけて、中国海軍のミサイル駆逐艦が補給艦を伴ってインド洋においてパキスタンとインドの間で合同軍事演習を実施した。
2013年には、中国の潜水艦がスリランカのドックに入っていた。これはインド洋の港に、中国の潜水艦が公式にドック入りした最初の事例となった。2014年の初めには中国初の原子力潜水艦のパトロールがインド洋で実施された。こうしたパトロールは中国海軍の作戦領域が大幅に拡大したという象徴でもある。中国海軍のこの海域における活動が活発化しつつあるのだ。
一方のインドも、この海域での中国の動向に対応して、南アンダマン島の州都ポート・ブレアを拠点として、インフラの整備とともに海軍の活動を強化しつつある。
インドはアフリカ東部や東南アジア諸国との連携を強め、アメリカや日本と協力して「真珠の首飾り」のさらに外側を包囲する「ダイヤのネックレス」戦略を採っているのだ。インドの「ダイヤのネックレス」戦略に協力しているのが日本とアメリカである。
アメリカは真珠とダイヤの鎖が重なり合うミャンマーに急接近し、金融、投資、貿易面での規制緩和に踏み切った。ミャンマーには、これまでは中国と深く結び付いた軍事政権が続いたため、アメリカをはじめ日本などの西側先進国が経済制裁を行なっていた。
だがミャンマーは、2011年3月に軍事政権を脱して、中国離れを加速させてきている。
日本・アメリカ・インドは、ミャンマーの中国離れを加速させるために、今後一層のミャンマー援助を行なうことになるようだ。そうなれば「真珠の首飾り」の重要な一粒が取れて、首飾り全体がバラケてしまう可能性も出てきている。
なお、「逆さ地図」で世界情勢を読み解く意義については、5月16日発売の『「逆さ地図」で読み解く世界情勢の本質』(SB新書)で、カラーの「逆さ地図」付きで解説している。ぜひご一読いただきたい。
(了)
松本利秋(まつもととしあき)
1947年高知県安芸郡生まれ。1971年明治大学政治経済学部政治学科卒業。国士舘大学大学院政治学研究科修士課程修了、政治学修士、国士舘大学政経学部政治学科講師。ジャーナリストとしてアメリカ、アフガニスタン、パキスタン、エジプト、カンボジア、ラオス、北方領土などの紛争地帯を取材。TV、新聞、雑誌のコメンテイター、各種企業、省庁などで講演。著書に『戦争民営化』(祥伝社)、『国際テロファイル』(かや書房)、『「極東危機」の最前線』(廣済堂出版)、『軍事同盟・日米安保条約』(クレスト社)、『熱風アジア戦機の最前線』(司書房)など多数。
1947年高知県安芸郡生まれ。1971年明治大学政治経済学部政治学科卒業。国士舘大学大学院政治学研究科修士課程修了、政治学修士、国士舘大学政経学部政治学科講師。ジャーナリストとしてアメリカ、アフガニスタン、パキスタン、エジプト、カンボジア、ラオス、北方領土などの紛争地帯を取材。TV、新聞、雑誌のコメンテイター、各種企業、省庁などで講演。著書に『戦争民営化』(祥伝社)、『国際テロファイル』(かや書房)、『「極東危機」の最前線』(廣済堂出版)、『軍事同盟・日米安保条約』(クレスト社)、『熱風アジア戦機の最前線』(司書房)など多数。