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2015年6月1日
中国が拡大する本当の理由は、生存権拡大の地政学にあった!
[連載] 「逆さ地図」で読み解く世界情勢の本質【5】
文・松本利秋
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中国が海洋進出にこだわる理由


 問題はなぜ中国がこれほどまでに、これまでの海洋秩序を壊して海洋進出にこだわり、領土にこだわるのかである。
 これを理解するために、中国を中央に置いて地図を逆さまに見てみよう。

 経済成長に突き進む中国は、物資を世界中に輸出し、世界中から資源やエネルギーを輸入せねばならないのは当然で、世界に広がるグローバル化が必要になってくるのだ。
 経済成長を遂げていくためには、死活的な要素である貿易ルートのシーレーン(海上交易ルート)を何としてでも確保しなければならない。

 しかし逆さ地図を見れば、世界から中国にいたる海の道はアメリカの同盟国に塞がれ、シーレーンそのものも強大な米海軍に牛耳られていることは一目瞭然だ。

 これでは中国独自の自由な活動ができない。何としてでも自前のシーレーンを確保しなければ、アメリカ、日本などの海洋国家の言いなりになってしまう恐れがあり、そのために拠点となる島を確保し、その周囲に敵対するシーパワー国家を近づけないようにしたい...これが中国の基本的な姿勢だと見るべきだろう。

 実を言うと、今から100年前、このように考えて第一次世界大戦という大戦争の火種を作った国があった。それが第一次世界大戦前のドイツ、プロシャである。

 当時プロシャはドイツ統一戦争を遂行しており、その過程でオーストリアと戦った普墺(ふおう)戦争、フランスと戦った普仏(ふふつ)戦争に勝利して経済成長を遂げていた。
 国内統一に成功し経済力を増したドイツは、世界を相手に交易するようになるが、この時ヨーロッパのランドパワーであったドイツにとって邪魔になったのが、当時の海洋国家(シーパワー)イギリスであった。

ドイツの大西洋への出口 (c)フレッシュ・アップ・スタジオ 無断転載を禁ず ※クリックすると拡大

 ドイツを中心にして逆さに地図を見れば、ドイツは東ヨーロッパからロシアの大平原に地続きであるが、西側はフランスに阻まれている。
 ドイツの北側には海があるが、東側のバルト海はデンマーク半島とスウェーデン、ノルウェーによって通過できる範囲は狭められている。西側の北海への出口にはオランダが横たわり、さらに、狭いドーバー海峡を隔ててイギリスがあり、イギリスの監視なしに広い大西洋に出るにはイギリスとノルウェーの間をまっすぐ北上しイギリスの北を迂回する航路しか残されていない。

 結局、ドイツはイギリスと激しい軍拡競争を行ないつつ、海外進出を試みるというグローバル化が、イギリスや他のヨーロッパ諸国と激しい軋轢を生み、軍事的緊迫化を招くこととなる。その結果第一次世界大戦の火種となったのである。

 かつてのドイツがそうであったように、中国は自国を安定した豊かな国にするために、自己の基本方針を断固として貫き、着実に計画を進めていこうとするだろう。このような中国のグローバル化という視点で見ると、時間が経てば経つほど日中関係が緊張するのは当然であるのは、ドイツの例に見たように歴史的な流れと言えよう。

 だから、中国と対話のみで問題が解決できる。もしくは解決しなければならないと思うのは、戦後日本特有のリアルな歴史認識を欠いた感性からくる願望でしかない。
 歴史的事実から学ぶことは、対話は一時的な対症療法であり、歴史トレンドの根本的な認識を欠いていれば対話さえも成り立たないのが現実的な状況だと思うべきだろう。

 だからといって軍事的な対立を優先課題とすべきだとしているわけではない。要は基本的な歴史の流れをしっかりと把握して、対話を成立させるための選択肢をできるだけ広げる戦略的な対話の方法を考えるべきなのだ。






「逆さ地図」で読み解く世界情勢の本質
松本利秋 著



松本利秋(まつもととしあき)
1947年高知県安芸郡生まれ。1971年明治大学政治経済学部政治学科卒業。国士舘大学大学院政治学研究科修士課程修了、政治学修士、国士舘大学政経学部政治学科講師。ジャーナリストとしてアメリカ、アフガニスタン、パキスタン、エジプト、カンボジア、ラオス、北方領土などの紛争地帯を取材。TV、新聞、雑誌のコメンテイター、各種企業、省庁などで講演。著書に『戦争民営化』(祥伝社)、『国際テロファイル』(かや書房)、『「極東危機」の最前線』(廣済堂出版)、『軍事同盟・日米安保条約』(クレスト社)、『熱風アジア戦機の最前線』(司書房)など多数。
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