カルチャー
2015年8月5日
敗戦を認めたくない軍部が玉音放送前後に起こしたクーデター
[連載] 日本人が知らない「終戦」秘話【4】
文・松本利秋
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玉音放送の前後に起こった軍人による騒動


終戦時に騒動の舞台になった皇居 ※クリックすると拡大

 8月15日午前0時過ぎ、玉音放送の録音を終え、宮城を退出する下村宏(しもむらひろし)情報局総裁および放送協会職員など数名が、坂下門付近において近衛歩兵第2連隊第3大隊長佐藤好弘(さとうよしひろ)大尉により拘束された。彼らは兵士に銃を突き付けられ、付近の守衛隊司令部の建物内に軟禁された。

 クーデター参加に消極的な態度であった近衛第1師団森赳(もりたけし)師団長が、師団長室内で過激派将校により銃撃された上に軍刀で斬殺された。この後、師団参謀の古賀秀正(こがひでまさ)少佐は近衛歩兵第2連隊に展開を命じた。また、玉音放送の実行を防ぐために、内幸町の放送会館へも近衛歩兵第1連隊第1中隊を派遣した。

 宮内省の電話線は切断され、皇宮警察官たちは武装解除された。玉音盤が宮内省内部に存在することを知った古賀少佐は部隊に捜索を命じ、宮城内の捜索が行なわれたが、宮内省内にいた石渡荘太郎(いしわたそうたろう)宮内大臣および木戸幸一(きどこういち)内大臣は金庫室などに隠れ、玉音盤も難を逃れた。

 日が昇ってすぐの午前5時頃、東部軍の田中静壱(たなかしずいち)軍司令官が、自ら近衛第1師団司令部へと赴き、偽造命令に従い部隊を展開させようとしていた近衛歩兵第1連隊の渡辺多粮(わたなべたろう)連隊長を止めた。連隊長の傍にいた近衛第1師団参謀石原貞吉(いしはらさだきち)少佐は、東部憲兵隊により身柄を拘束された。午前6時過ぎにクーデターの発生を伝えられた昭和天皇は「自らが兵の前に出向いて諭そう」と述べている。

 その頃、陸相官邸では阿南陸相が自刃。田中軍司令官は乾門付近で芳賀豊次郎(はがとよじろう)連隊長に出会い兵士の撤収を命じると、そのまま御文庫から宮内省へ向かい反乱の鎮圧を伝えた。これを境にクーデターは急速に沈静化へと向かった。午前8時前には近衛歩兵第2連隊の兵士が宮城から撤収し、宮内省内の地下室に隠れていた石渡宮内大臣と木戸内大臣はここを出て御文庫へと向かった。

 2枚の録音盤は、皇后宮職事務官室から放送会館および第一生命館に設けられていた予備スタジオへと運ばれた。偽物の運搬には、いかにも正式な勅使らしい偽装をし、本物は粗末な袋に入れて木炭自動車で運搬するという念の入れようであった。

 午前11時30分過ぎ、放送会館のスタジオ前で、突如一人の憲兵将校が軍刀を抜き、放送阻止のためにスタジオに乱入しようとしたが、すぐに取り押さえられ憲兵に連行された。そして正午過ぎ、ラジオから下村総裁による予告と君が代が流れた後に玉音放送が行なわれ、戦闘は休戦となった。

 この他にも、終戦に抵抗する軍人たちによるさまざまな事件が起きていた。その一つに、時の首相鈴木貫太郎邸を早朝に急襲し、火を放つという二・二六事件さながらの反乱事件も起きている。

 その主犯は東京防衛軍の警備第3旅団に属した予備役大尉の佐々木武雄(ささきたけお)であった。彼は8月15日早朝、旅団司令部があった横浜から兵や学生を引き連れ、首相官邸を襲撃。首相不在と知るや丸山町の私邸に押しかけて放火したが、首相とその家族は裏口から脱出して難を逃れている。

 さらには、玉音放送後には、厚木海軍飛行場で第302航空隊司令の小園安名(こぞのやすな)大佐以下が反乱。陸・海軍や国民に向けて、降伏拒否の檄文を撒いて呼びかけたが、小園自身がマラリアに罹り病院に収監されたことから、8月20日には武装解除され鎮圧されている。

 事件に関係した将校たちは、明らかに当時の軍法および刑法に違反する行為を行なったにもかかわらず、敗戦とそれに伴う軍組織の解体などの混乱により、多くの者は軍事裁判で裁かれることも刑事責任に問われることもなかった。

 なお、今回の記事内容である宮城事件については、8月8日公開の映画『日本のいちばん長い日』(監督・原田眞人)が再現している。また、拙著『日本人だけが知らない「終戦」の真実』(SB新書)でもふれている。あわせてご一読いただきたい。

(了)





日本人だけが知らない「終戦」の真実
松本利秋 著



松本利秋(まつもととしあき)
1947年高知県安芸郡生まれ。1971年明治大学政治経済学部政治学科卒業。国士舘大学大学院政治学研究科修士課程修了、政治学修士、国士舘大学政経学部政治学科講師。ジャーナリストとしてアメリカ、アフガニスタン、パキスタン、エジプト、カンボジア、ラオス、北方領土などの紛争地帯を取材。TV、新聞、雑誌のコメンテイター、各種企業、省庁などで講演。著書に『戦争民営化』(祥伝社)、『国際テロファイル』(かや書房)、『「極東危機」の最前線』(廣済堂出版)、『軍事同盟・日米安保条約』(クレスト社)、『熱風アジア戦機の最前線』(司書房)、『「逆さ地図」で読み解く世界情勢の本質』(小社刊)など多数。
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