カルチャー
2015年7月22日
終戦1ヵ月前に日本に宣戦布告し"戦勝国"になったイタリア
[連載] 日本人が知らない「終戦」秘話【2】
文・松本利秋
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今年は終戦から70周年を迎える。太平洋戦争を知っている世代が年々少なくなる一方で、今年は節目の年ということもあり、戦勝国が対日戦勝利を祝う式典等を予定している。また、あの戦争をテーマにした映画やドラマの放映、出版物の刊行なども相次ぎ、我われ日本人にとって例年に増して「終戦」を意識せざるを得ない年となる。この連載では、これまで昭和史の中で「8月15日」という1日で語られがちであった「終戦」について、戦勝国、交戦国などの視座も交えて、その知られざる一面を取り上げていくものである。連載を通して、日本が対外的に今も直面している多くの問題の根源が「終戦」にあるということが理解できるであろう。今回は、太平洋戦争前にドイツと共に軍事同盟を締結したイタリアが、日本の終戦前に連合国として日本に宣戦布告をしてきた事実を取り上げる。


ドイツの統制下で連合国と交渉していたイタリア


 イタリアの第二次世界大戦終了は、複雑かつ特殊な形で行なわれた。多くの日本人の常識としては、イタリア王国は第二次世界大戦では枢軸国として参加し、ファシスト党のベニート・ムッソリーニ総統が全権力を握っていたと思っているだろう。しかし、イタリアは立憲君主国であり、国王エマヌエレ三世が元首を務めていた。

 1943年7月10日の、米軍を中心とした連合国軍のシチリア島上陸により、イタリア本国は占領の危機に晒された。この危機的状況に軍内部の休戦派とファシスト党穏健派、それに敗戦による王政廃止を恐れる王党派が、反ムッソリーニで結び付いた。
 ムッソリーニは徹底抗戦を主張するが、国王と共謀した反対派勢力の政治的クーデターで首相を解任され、北イタリアの山岳地帯にあるグラン・サッソのホテルに幽閉された。

 これによってファシスト政権は崩壊し、国王はムッソリーニに代えて、国防軍の長老ピエトロ・バドリオ元帥を首班とする内閣を成立させたのである。

 しかし、イタリアはドイツ南方方面軍の統制下にあったため、バドリオ元帥はドイツに戦争の継続を約束しつつ、連合国との間で休戦交渉を進めていった。イタリア側の狙いは連合軍と休戦をし、その後に連合軍の一員として対独戦に参加するというものであったが、連合国側は、イタリアにあくまでも無条件降伏を求め、降伏後の対応はまた別とするとしていたのである。

 連合軍側はイタリア問題を早期決着させ、対独戦に集中したいとの思いもあり、名目上は休戦協定ではあるが、実質上は無条件降伏となる条文を妥協案として示し、イタリア側もようやく妥協した。ところが、最終段階になって国王と政府が決断を躊躇する。

ドイツ特殊部隊がムッソリーニを救出


 1943年9月8日、イタリア側の優柔不断な態度に業を煮やした、連合軍のドワイト・D・アイゼンハワー大将が、イタリア側の了承なくイタリアの無条件降伏を宣言し、休戦を既成事実化した。
 これによって前線のイタリア軍部隊は、唐突に戦いの終わりを知らされる格好になり、1943年9月8日がイタリアの終戦の日とされることとなった。

 しかし、イタリアと同盟を組んでいたヒトラーは、イタリア北・中部へドイツ軍を進駐させた。ドイツ軍の進駐でパニック状態になった国王と政権の閣僚たちは、ローマを捨てて連合軍の占領地域に逃亡してしまったのである。

 前線に展開していたイタリア軍や国民は、国王らの無責任な逃亡を知らされておらず、イタリア国民にとって9月8日の終戦の日は、いまだに国辱の日となっているのだ。

 イタリアに進駐したドイツ軍は、イタリアの統治にファシストを奉じる勢力を作る必要があり、ムッソリーニの復権を画策した。ヒトラーはムッソリーニの救出作戦を命じ、9月12日にはオットー・スコルツェニーが率いるドイツ軍特殊部隊が、グライダーや軽飛行機を使ってアペニン山脈の山頂に舞い降り、グラン・サッソを急襲。無事ムッソリーニの救出に成功した。この鮮やかな作戦はナチスの宣伝もあり、よく知られるところだ。

 イギリスのジャック・ヒギンズは、1975年にこの作戦を背景にした『鷲は舞い降りた』(早川書房)を著し、翌年に同名で映画化され日本でも公開された。宝塚歌劇団でも、この話を題材に悲恋物語の『グランサッソの百合』として、1991年に初演している。






日本人だけが知らない「終戦」の真実
松本利秋 著



松本利秋(まつもととしあき)
1947年高知県安芸郡生まれ。1971年明治大学政治経済学部政治学科卒業。国士舘大学大学院政治学研究科修士課程修了、政治学修士、国士舘大学政経学部政治学科講師。ジャーナリストとしてアメリカ、アフガニスタン、パキスタン、エジプト、カンボジア、ラオス、北方領土などの紛争地帯を取材。TV、新聞、雑誌のコメンテイター、各種企業、省庁などで講演。著書に『戦争民営化』(祥伝社)、『国際テロファイル』(かや書房)、『「極東危機」の最前線』(廣済堂出版)、『軍事同盟・日米安保条約』(クレスト社)、『熱風アジア戦機の最前線』(司書房)、『「逆さ地図」で読み解く世界情勢の本質』(小社刊)など多数。
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