カルチャー
2015年11月2日
患者に薬を出しても、医者が薬を飲みたがらないワケ
[連載] だから医者は薬を飲まない【2】
文・和田 秀樹
  • はてなブックマークに追加

正常値主義の医者、薬を欲しがる患者が、薬の量を増やす


 薬の量が増えるのは、患者さんにも問題がある場合もあります。病院に行くと、必ず薬をくれるものだと思っている患者さんがそうです。このような患者さんは、薬をもらわないと気が済みません。

「よく寝て、よく食べて、よく歩けば元気になりますよ」
 と言って帰すと、
「あそこの医者は薬を出してくれない悪い医者だ」
 と言ったりする人もいます。

 また、検査の基準値にこだわりすぎる患者さんもいます。たとえば、血圧の上限値は一般的には140/90(学会はもっと厳しいことを言っていますが)となっていますが、血圧を測ってみて、数値が141と出た途端にショックを受けて怖がってしまう人がいるのです。140と141では数字の差は1しかありませんが、そのわずかな差だけで「自分は高血圧だ、大変だ」と思い込んでしまうのです。しかし、そこまで心配する必要はないのです。

 血圧は1日のうちで数値が上下します。日中と夜とでも違いますし、食事、運動、入浴、心理状態などによっても、ずいぶんと変わるものなのです。血糖値もコレステロール値も同じです。そういうふうに説明をしても、納得しない人がいます。数値が基準よりわずかでもはみ出してしまうと、心配になってしまうのです。

 こういう患者さんたちを見て思うのは、医療に対して信頼しすぎているということです。あるいは医療に対して無知であるということです。医者自身も、検査データ至上主義になっていて、基準値をはみ出すと、それを正常な範囲内に戻すために、機械的に薬を処方する現実があります。これでは処方する薬が増えていく一方です。

 たとえば血圧が190もあったり、140未満が正常とされる食後血糖値が400もあったりすれば、さすがにマズイと思いますが、ちょっとだけ基準値や正常値からはみ出しているという場合に、薬を飲んだほうがいいのか、それとも飲まないほうが副作用もなくていいのかと言うと、実はそういうことは全くわかっていないのです。

 その薬を飲めば寿命が長くなるとか、元気になるという証拠を医者が作っていないのに、どこから持ってきたかわからない(作った当時は、今ほど医学は進歩していませんでした)正常値や平均値という数字だけにこだわっているわけです。

 そういう現代医療の現実を見れば、検査数値が正常値より多少はみ出したからといって、大騒ぎする必要がないことがわかるはずです。それがわかれば、薬をもらわないと気が済まないという人も減っていくと思います。

 なお、今回の記事内容については、11月17日発売の拙著『だから医者は薬を飲まない』(SB新書)でもふれています(ただいまAmazon等で予約受付中です)。あわせてご一読ください。

(了)





だから医者は薬を飲まない
和田秀樹 著



和田 秀樹(わだ・ひでき)
1960年大阪府生まれ。1985年東京大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在は精神科医。和田秀樹こころと体のクリニック院長。国際医療福祉大学大学院教授(医療福祉学研究科臨床心理学専攻)。一橋大学経済学部非常勤講師(医療経済学)。川崎幸病院精神科顧問。著書に『だから、これまでの健康・医学常識を疑え! 』(ワック)、『医者よ、老人を殺すな!』(KKロングセラーズ)、『老人性うつ』(PHP研究所)、『医学部の大罪』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『東大の大罪』(朝日新聞出版)など多数。
  • はてなブックマークに追加