カルチャー
2015年11月2日
患者に薬を出しても、医者が薬を飲みたがらないワケ
[連載]
だから医者は薬を飲まない【2】
文・和田 秀樹
自分では薬を飲みたがらないのに、患者さんには必要以上に薬を出してしまう医者。この矛盾に加え、薬をもらわないと納得しない患者さんもいます。これでは処方される薬が減ることはありません。年々高齢化が進む日本においては、深刻な問題に拍車がかかる一方です。今回はこれらの問題がなぜ起こるのかについて解説していきます。
なぜ50代以上の医者ほど薬害に敏感なのか
「薬を飲むのが好きだ」という医者に、私はこれまで一度も会ったことがありません。アンケート調査をしたわけではありませんが、私自身の感覚から言って、たいていの医者は、できればあまり薬を飲みたくないと考えていると思うのです。
その理由は、薬というのはある種の化学物質ですから、病気や症状に対して何らかの効果がある一方で、副作用というものが必ずあるからです。全員に副作用が出るわけではありませんが、一定の割合の患者さんには出ます。もちろん医者はそのことを知っていますし、自分も当てはまらない保証はないので、進んで薬を飲むということは、あまりしないのです。
特に50代後半以上の医者は、若い医者よりも薬の害に対して敏感な傾向があります。なぜなら、かつてさまざまな薬害事件があったことを知っているからです。
たとえば1960年代には、催眠薬のサリドマイドによって多くの肢体の不自由な子どもが生まれ、日本中が大変な騒ぎになりました。同じく60年代に、キノホルムという整腸剤を飲んだ多くの人が下半身麻痺で歩けなくなり、社会問題となりました。これはスモン病として知られているものです。
さらに1970年代には、抗マラリア剤であるクロロキンによって失明する人が多数出て大問題となりました。こういう薬の被害者には、医者自身やその家族もいました。当時は、それほど副作用に対する認識が強くなかったのです。
私は1960年生まれですが、私より年上の医者はこういう薬害の恐さをよく知っているので、薬の副作用というものには敏感な人が多いのです。
若い医者が薬不信になると思われる事情
50代以上の医者と比べると、若い医者は薬に対して、あまり不信感を持っていない人が多いように思います。その理由の1つとして、薬による副作用が引き起こす大きな事件について、よく知らないということもあると思います。そして、もう1つの理由としては、検査データ至上主義の考え方を身に付けているからだと言えます。
昔の医者は、患者さんが診察室に入ってくると、まずは聴診器を当てて診察し、検査で何かの異常値が出ても、生活指導によって改善していくというやり方をするのが一般的でした。ところが、いまの若い医者の多くは、聴診器などは使わず、検査の数値に異常があれば、薬を使って正常値に戻すことが自分の役割だと思っているのです。
ですから、年寄りの医者よりも若い医者のほうが躊躇せずに薬を使う傾向があると言えるわけです。薬に対する抵抗がないぶん、自分が薬を飲むことに対しても、年齢の高い医者ほどには抵抗がないと思います。
ただ、若い医者のだれもが平気で薬を飲むかというと、それも一概に決めつけることはできません。私より若い医者でも、薬に対する不信感はある程度、持っているはずです。その大きな理由の1つといえるのが、大学病院の医者と製薬会社の関係です。彼らの中には、この関係を知っているがゆえに、不信感をぬぐえないという人も少なくないはずです。
たとえば、若い医者が患者の立場で病院に行って薬を処方されたとします。薬を使えば使うだけ製薬会社から何らかの便宜があった頃の記憶があるとすれば、自分に処方された薬が本当に必要なものなのかと疑問を抱いても不思議ではありません。自分がそうでなくても、同級生のある一定の割合の医者が、接待をしてくれる製薬会社の薬を使いがちになる姿を見ているということもあるでしょう。
もっとも、前にも言ったように製薬会社の接待は禁止(と言っても、2万円までは接待とみなされないのですが)されたので、いまはやみくもに薬を出すということはないと思いますが、若い医者でも製薬会社と医者のかつての関係を知っていたら、知らないうちに薬不信になっている可能性が高いと言えるわけです。
和田 秀樹(わだ・ひでき)
1960年大阪府生まれ。1985年東京大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在は精神科医。和田秀樹こころと体のクリニック院長。国際医療福祉大学大学院教授(医療福祉学研究科臨床心理学専攻)。一橋大学経済学部非常勤講師(医療経済学)。川崎幸病院精神科顧問。著書に『だから、これまでの健康・医学常識を疑え! 』(ワック)、『医者よ、老人を殺すな!』(KKロングセラーズ)、『老人性うつ』(PHP研究所)、『医学部の大罪』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『東大の大罪』(朝日新聞出版)など多数。
1960年大阪府生まれ。1985年東京大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在は精神科医。和田秀樹こころと体のクリニック院長。国際医療福祉大学大学院教授(医療福祉学研究科臨床心理学専攻)。一橋大学経済学部非常勤講師(医療経済学)。川崎幸病院精神科顧問。著書に『だから、これまでの健康・医学常識を疑え! 』(ワック)、『医者よ、老人を殺すな!』(KKロングセラーズ)、『老人性うつ』(PHP研究所)、『医学部の大罪』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『東大の大罪』(朝日新聞出版)など多数。