カルチャー
2014年8月20日
明るく前向きな人ほど、実は落ち込みやすい
[連載] 「いい人」をやめると病気にならない【2】
文・帯津良一
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無理して明るくしていることがストレスになる


 私は多くのがん患者さんを診ていますが、明るく前向きに病気を克服しようとしている患者さんほど心配になることがあります。
 このような患者さんは、検査の結果や病状がいいときはいいのですが、悪くなると、ほかの患者さんよりも落ち込みやすいからです。

 たとえば、明るく前向きな患者さんで、腫瘍マーカーの数値を気にしている人に、「正常値じゃなくても、数値が安定しているからいいんだよ」と説明しても落ち込んだままで、どうしても正常値に入れないと気が済まない人は多いのです。
 これでは表面的な明るさ、前向きさにすぎません。このような明るく前向きな患者さんに、いい人は結構います。

 一方、ちょいワルの患者さんは、どこか自分を突き放したようなところがあります。がんとうまく折り合っていけばいい、といった感じなのです。
 そのため、腫瘍マーカーの数値が高くても、「高値安定だからいいんだよ」と説明してあげると、「なるほど」と言って笑顔になります。

 このことからもわかるように、明るく前向きである必要はないのです。無理して明るく前向きでいること自体、ストレスになってしまいます。
 これでは免疫力が落ちてしまいます。明るく前向きでいることは、世を忍ぶ仮の姿にすぎないのです。

生きる哀しみを知っているとストレスを抱えにくい


 病気でなくとも、明るく前向きなことを売り物にしている人はつまらないし、深みがないことが少なくありません。これは、そもそも人間は哀しい存在だからです。

 このことをしみじみと感じるのは、蕎麦屋さんにいるときです。
 私は、蕎麦屋さんで一人酒をするのが好きなのですが、私と同じように、ひとりで静かに酒を飲んでいるサラリーマンが結構います。
 みんな一様に後ろ姿が哀しげで、肩のあたりに何とも言えない哀愁が漂っています。この同志たちの後ろ姿を見るたびに、つくづく人間は哀しい存在だな、と思うのです。

 人間が哀しい存在なのは、私自身の経験だけでなく、本を読んでもよくわかります。

 たとえば、「生きる哀しみ」と真摯に直面し、人生の幅と厚みを増した先人たちの短編やエッセイなどを作家の山田太一さんが編集した『生きるかなしみ』(ちくま文庫)を読んでも、つくづく人間は哀しい存在だな、と思います。

 この本の中で、山田さんは次のように書いています。

 「生きるかなしみ」とは特別のことをいうのではない。人が生きていること、それだけでどんな生にもかなしみがつきまとう。

 その理由に答えるように、作家の水上勉さんがこの本の最後のエッセイで「我々は孤独な旅人であるから」と書いています。これには大きく頷かされました。
 というのも、私も「人は虚空から来て、虚空へと帰る孤独な旅人として、一人でこの世に降り立ち、一人で去っていく存在なんだ」と言ってきたからです。

 このように「人間は哀しくて淋しい存在」と覚悟すれば、ちょっとやそっとで落ち込んだりしなくなります。哀しみ、淋しさの地平に希望の種を蒔いて、これがやがて芽を出し花が咲く、と思えばいいのです。そのほうが肩の力を抜いて生きていけるのではないでしょうか。

 実際、私は不安に思ったり、哀しんだりしている患者さんに、「不安でいいんだよ」「人間はみんな、哀しいんだよ」と言っています。

 医療関係者には、「患者さんはみんな哀しいんだから、哀しみを上塗りするようなことをしたり、言ったりしちゃいけない。哀しみを抱いて健気に生きている人を、もう一度哀しい思いをさせるのは罪。だから、なるべく患者さんを敬って、生きていってもらわなければいけない」と言っています。

 「明るく前向きである」ことよりも、「人間は哀しくて淋しい存在である」ことを認識するほうが、人間らしい生き方ができるのです。

(第2回・了)





「いい人」をやめると病気にならない
帯津良一 著



【著者】帯津良一(おびつりょういち)
1936年埼玉県生まれ。医学博士。1961年、東京大学医学部卒業。東京大学医学部第三外科、共立蒲原総合病院外科、都立駒込病院外科医長などを経て、1982年、埼玉県川越市に帯津三敬病院を開設、院長となる。現在、同病院名誉院長、帯津三敬塾クリニック主宰。人間を「有機的総合体」と捉え、西洋医学のみならず伝統医学・民間療法等を体系的に組み合わせて患者自身の自然治癒力を引き出す、「ホリスティック医学」を実践する。全国での講演回数も多く、「長生きにはトキメキが大事」と心・食・気の養生を勧め、聴衆の人気を博している。 現在、日本ホリスティック医学協会理事長、日本ホメオパシー医学会理事長、埼玉大学講師、上海中医薬大学客員教授なども務める。著書に『長生きしたければ朝3時に起きなさい』(海竜社)、『ホリスティック医学入門』(角川oneテーマ21)、共著に『なぜ「粗食」が体にいいのか』(幕内秀夫との共著、三笠書房)、『健康問答』(五木寛之との共著、平凡社)など多数ある。近著は『人生に必要なものは、実は驚くほど少ない』(共著:やましたひでこ、集英社)、『「いい人」をやめると病気にならない』(SB新書)。
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