ビジネス
2014年8月22日
「慰安婦誤報」問題は、なぜ生まれてしまったのか
[連載]
日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか【5】
文・山田順
2014年8月5日から6日にわたり、朝日新聞は慰安婦問題の特集を組み、吉田清治氏の証言に基づく戦時中の「慰安婦狩り」「強制連行」について1991年当時の一連の報道が誤報であり、取り消すという記事を掲載した。著書『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』のなかで、この問題にもふれていたが、ここには実は「日本」について対外発信する報道の根深いねじれ構造が存在する。
欧米メディアの日本批判は実は私たちがつくっていた
日本の対外イメージを損なう数々の問題は、じつは、私たち日本人自身がつくり出したものであり、靖国問題はその典型だ。現在の英国メディア、そしてアメリカのメディアまでが日本に批判的なのは、じつは私たちがそう仕向けたのである。
靖国問題に関して言うと、1985年まで、そんな問題はこの世に存在しなかった。それまで、日本の首相はなんと計58回も靖国神社を参拝している。しかも、中国は一度たりとも抗議しなかった。A級戦犯が合祀しされたといっても、そんなことは中国の関心事ではなかった。
実際、1985年の夏といえば、日航機が御巣鷹山に墜落した大事故があり、靖国参拝は私たち日本人の関心事ではなかった。当時、私は週刊誌の編集部にいて、この事件の取材に忙殺されていた。なにしろ、500人以上の人命が失われたのだから、あらゆる手を尽くして、この報道にあたっていた。
ところが、こんな大惨事のさなか、朝日新聞は、突如として「靖国神社参拝はおかしい」という論陣を張った。この記事を書いたのは、その後、編集委員としてテレビ朝日の「報道ステーション」にも出演していた加藤千洋氏だという。
中国の抗議は、ここから始まったのである。南京大虐殺も、じつは1980年代までは、忘れ去られた出来事だった。これが事実であるかどうかは別として、南京に大虐殺記念館ができたのは、1985年である。中国の反日教育は、このころから強化された。
日本人が南京大虐殺記念館を訪れるということ
2006年、私は当時、中国の南京市に留学していた娘の案内で、初めて南京大虐殺記念館に行った。家内もいっしょで、娘とともに南京市の中心街、新街口(シンジエコウ)から記念館までタクシーに乗った。タクシーに乗り込む前から、娘は私たちに「絶対に日本語を使ってはダメ」と釘を刺した。
中国では2005年に最初の大規模な反日デモが起こっていて、南京はとくに反日感情が強かった。それで、娘は私と家内に釘を刺したのだ。
娘は2001年にアメリカの大学に留学し、そのときに半年間を海外授業として中国で過ごした。そうして中国の魅力に取り憑かれ、大学卒業後はジョンズ・ホプキンス大学SAIS大学院の南京センター(中国名:中美中心。ジョンズ・ホプキンス大学が南京大学と提携して開設した中国研究所)の留学生として再び中国に渡った。記念館のなかに入っていきなり目についたのが、「犠牲者30万人」の掲示だった。これには、正直驚いた。
記念館は2007年に大幅リニューアルされているので、以下の記述はいまとは異なっているかもしれないが、資料館に入ると、まずガラス張りの「万人坑」遺祉の遺骨の展示があった。これは、大虐殺を受けた人々の人骨ということだが、全部レプリカだった。そして、延々と旧日本軍の残虐行為や抗日戦争に関するパネルと資料の展示が続いていた。
そのなかには、日本人ならすぐわかる"ねつ造写真"もあった。「南京大虐殺をまぼろし」と主張する百田尚樹氏がどの程度史実に当たっているかは知らないが、そんな主張では解決できない問題が、ここにはあった。つまり、こうした展示がある以上、南京大虐殺は中国では、子供たちに教える史実としてもう定着しているということだ。
娘は南京市にいる間、学外では日系アメリカ人として振る舞い、日本人としては振る舞わなかった。結局、日本のメディアが戦前の日本軍の行為をことさら取り上げなければ、いまの世代がこんなことをしないですんだのだ。
【著者】山田順(やまだ じゅん)
1952年、神奈川県横浜市生まれ。立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。『女性自身』編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社 ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の両方のプロデュースも手掛ける。著書に、『出版大崩壊』、『資産フライト』、『脱ニッポン富国論「人材フライト」が日本を救う』(いずれも文春新書)、『本当は怖いソーシャルメディア』(小学館新書)、『新聞出版 絶望未来』(東洋経済新報社)、翻訳書に『ロシアン・ゴットファーザー』(リム出版)など。近著に、『人口が減り、教育レベルが落ち、仕事がなくなる日本』(PHP 研究所)、『税務署が隠したい増税の正体』(文春新書)、『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(SB新書)がある。
1952年、神奈川県横浜市生まれ。立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。『女性自身』編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社 ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の両方のプロデュースも手掛ける。著書に、『出版大崩壊』、『資産フライト』、『脱ニッポン富国論「人材フライト」が日本を救う』(いずれも文春新書)、『本当は怖いソーシャルメディア』(小学館新書)、『新聞出版 絶望未来』(東洋経済新報社)、翻訳書に『ロシアン・ゴットファーザー』(リム出版)など。近著に、『人口が減り、教育レベルが落ち、仕事がなくなる日本』(PHP 研究所)、『税務署が隠したい増税の正体』(文春新書)、『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(SB新書)がある。