カルチャー
2015年1月15日
なぜ江戸の将軍様は、健康を損なう人物が多かったのか
[連載]
本当は全然偉くない征夷大将軍の真実【10】
監修・二木謙一/文・海童 暖
鎌倉・室町・江戸の42人の将軍を見ていくと、江戸時代の将軍に健康を損なう人物が多いことに気づく。原因は、乳母の化粧品と、白米を食べる文化にあった!? 本連載の最終回では、その理由を推察していこう。
乳母から鉛や水銀を摂取した幼少時の将軍
江戸時代、将軍や大名に世継ぎの男子が誕生すると、丁重に取り扱われるのは当然だが、側室が生んだ子であっても乳母が付き、乳母から乳を与えられて養育されていた。
現代の医学では、母親から初乳を与えられることで、乳児は母親から免疫力を受け継ぐとされている。
だが、そういう知識がない時代には、貴人の家では母親が乳児に乳を与えることはなく、免疫力のないまま育つため、江戸時代には将軍や大名の子の多くが夭折(ようせつ)していったと思われる。
また、古代より女性は化粧をしているが、奈良時代に伊勢水銀(みずがね)が発見されて、高貴な女性が用いるようになった。その後、鉛を焼いたものに糯米(もちごめ)の粉末や水銀などを混ぜたものが白粉(おしろい)として用いられ、19世紀末に無鉛白粉が作られるまで使用されていた。
現在では鉛や水銀の有害性は知られているが、当時はそういう知識がなく、暗い照明の中で引き立つように厚化粧した。
また貴人の子に授乳する乳母は、乳房に化粧をしたとされ、乳児は鉛や水銀を直接口にしたため、障害が現れたともされている。
将軍の正室は京の公家から迎えるが、将軍の御台所(みだいどころ)は用便後の尻拭いまで女中に任せたとされるほど運動量が少なく、骨盤の発達が未熟で死産も多かったと考えられる。
江戸中期からは脚気や顎の小さい将軍が多かった
(c)フレッシュ・アップ・スタジオ
江戸時代中期になると、江戸などの都市部では、米を精白した白米が常食されるようになったため、脚気が流行して「江戸煩い(えどわずらい)」とされた。8代将軍吉宗のように玄米をガシガシと食べた人もいるが、庶民は蕎麦を食べることで脚気が防止できるとしていたようだ。
米の糠(ぬか)に含まれるビタミンB1の不足が、脚気を起こすと判明するのは明治時代の末になってからで、日露戦争では脚気による戦病死の数が、戦死者数に迫ったとされる。
将軍の食事が厳しく管理されて、食事内容もワンパターンになり、噛まずにすむように柔らかいものが中心になり、魚の骨も抜かれていたとされる。
歴代将軍の肖像画を見ても、家康などは顎が張ったガッシリとした顔つきだが、だんだんと細面になり、顎が発達していないことがわかる。運動量も少ないため空腹感もなく、食に対する興味もなかったのだろう。
(了)
[連載]本当は全然偉くない征夷大将軍の真実 記事一覧
[1]なぜ、トンデモな征夷大将軍が登場するのか?
[2]【トンデモ将軍列伝1】自分の立場を勘違いしていた「苦労知らず」の将軍・源頼家
[3]【トンデモ将軍列伝2】えっ?クジ引きで選ばれた将軍様が存在した!足利義教
[4]【トンデモ将軍列伝3】子どもの数はなんと55人! 性豪将軍・徳川家斉
[5]【トンデモ将軍列伝4】大乱があろうとも趣味に没頭していた将軍・足利義政
[6]【トンデモ将軍列伝5】母に疎まれ少年趣味にはしった将軍・徳川家光(前編)
[7]【トンデモ将軍列伝5】父母の寵愛を受けた弟を自刃に追い込んだ将軍・徳川家光(後編)
[8]【トンデモ将軍列伝6】家臣の妻子にまで手を出した!?「犬公方」徳川綱吉
[9]【トンデモ将軍列伝・番外編】悪女? 有能な政治家? 巨万の富を手にした将軍の正室・日野富子
[10]なぜ江戸の将軍様は、健康を損なう人物が多かったのか
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【監修】二木謙一(ふたきけんいち)
1940年東京都生まれ。國學院大學大学院日本史学専攻博士課程修了。國學院大學名誉教授。豊島岡女子学園理事長。文学博士。『中世武家儀礼の研究』(吉川弘文館)でサントリー学芸賞を受賞。主な著書に『関ヶ原合戦─戦国のいちばん長い日』(中公新書)、『戦国 城と合戦 知れば知るほど』(実業之日本社)ほか多数。NHK大河ドラマ「平清盛」「江~姫たちの戦国~」「軍師 官兵衛」ほか多数の風俗・時代考証も手がけている。
1940年東京都生まれ。國學院大學大学院日本史学専攻博士課程修了。國學院大學名誉教授。豊島岡女子学園理事長。文学博士。『中世武家儀礼の研究』(吉川弘文館)でサントリー学芸賞を受賞。主な著書に『関ヶ原合戦─戦国のいちばん長い日』(中公新書)、『戦国 城と合戦 知れば知るほど』(実業之日本社)ほか多数。NHK大河ドラマ「平清盛」「江~姫たちの戦国~」「軍師 官兵衛」ほか多数の風俗・時代考証も手がけている。