カルチャー
2015年4月1日
無農薬論者ではない生産者が、良好な生態系の水田を取り戻すまで
[連載] 有機野菜はウソをつく【4】
文・齋藤訓之
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「書類とホタルの舞い、両方が必要」の意味するところ


 「書類とホタルの舞い、両方が必要」と内田さんは言います。農薬も使いながら生態系を良好に保ち、害虫の天敵も増やすようにして、その生産地全体の機能として害虫の発生を抑える。内田さんが実践しているこのようなやり方は、IPMと呼ばれます。これはIntegrated Pest Management の略で、日本では通常「総合的病害虫管理」の訳語が使われますが、integrate の、部分を集めて全体を完全にするニュアンスを活かすには「統合的病害虫管理」としたほうがいいでしょう。

 今日の農薬は、『沈黙の春』などで指摘された問題や過去さまざまに受けた批判を踏まえ、また行政からの規制も受けて、毒性や残留性は格段に低減されてきました。そして、そうなってみると、かつては考えられなかった使い方、とくに地域の生態系と機能を補完し合いながら効果を高めるIPMのような使い方もできるようになってきているのです。これは優れて有機体論的な手法です。

昔あった知恵から現代の知恵までを結び付けた農業技術体系へ


 有機農業実践家の側でも、かつてのように「有機化合物さえ使っていれば有機栽培だ」「昔のやり方ならなんでも有機栽培だ」のようなノリは減ってきて、昔から伝わる栽培法を闇雲に丸ごと復活させようというのではなく、それぞれの習慣の意味や効果を精査して、有効な知恵同士を組み合わせて再構築する考え方も進んでいます。

 栃木県の稲葉光國さんは地域に伝わる優れた営農の知恵を集めて、水稲の有機栽培の体系を独自に構築し、NPO法人民間稲作研究所を通じて普及に努めています。

 もともと農業高校で教鞭をとってきた稲葉さんは、GATTウルグアイラウンドに対して、営農コストを下げる工夫が必要だと考えて立ち上がった一人でした。それで、農薬や化学肥料を使わなかった時代の農業の知恵を、地域の農家に訊いて回ったのです。

 その調査と研究の成果として有効だとわかったことは、たとえばこんなことです。冬季も水田から水を抜かず湛水状態にすることで、水田の中の生物相を確保する。

 これは雑草種子をおぼれさせるので、雑草抑制にも効果がある。

 水田に水を入れず、一度大豆を栽培すると、翌年水田にした1作だけは雑草の発芽が抑えられる。

 苗は一般に行われているよりも大きく育ててから移植すればネグサレ防止とイネミズゾウムシ害の克服に効果がある。しかも、栽培早期から水深を深く保てば、雑草の発芽を抑制できる。

 稲葉さんはこうしたさまざまな知恵を組み合わせることで、化学肥料も農薬も全廃できる体系を構築し、省力・省資源からさらに進んで、水稲の有機栽培を始め、今は有機栽培技術の普及に尽力しています。

 これは水稲の例ですが、畑についても、全国各地にさまざまな知恵が眠っています。

 日本人は、土の質が悪く、降水量が多く、温度も高いという、作物の栽培がやりにくい国土で長い年月農業を営んできたわけですから、そうした古い時代の知恵には優れたものがたくさんあるはずなのです。

 そうした知恵を、有機農業というコンセプトが提示されたこれまでの時代には、有機農業を実現する技術として活かし、復活させることができました。

 しかし、私は考えるのですが、これからの時代には、こうした歴史ある知恵に、安全性と性能を向上させた農薬や化学肥料、さらには遺伝子組換え作物も組み合わせていけば、よりおいしくて、体によくて、安全で、環境にもよい、しかも低コストな農業、これまでの人間の知恵を結集して統合した新時代の農業が実現できるのではないでしょうか。
 しかも、それを環境大国日本発の技術体系として世界に提案できたら、すばらしいことになるのではないでしょうか。

(了)





有機野菜はウソをつく
齋藤訓之 著



齋藤訓之(さいとうさとし)
1964年北海道生まれ。中央大学文学部卒業。市場調査会社勤務、「月刊食堂」(柴田書店)編集者、「日経レストラン」(日経BP社)記者、日経BPコンサルティング「ブランド・ジャパン」プロジェクト責任者、「農業経営者」(農業技術通信社)取締役副編集長兼出版部長を経て独立。2010年株式会社香雪社を設立。農業・食品・外食にたずさわるプロ向けのWebサイト「Food Watch Japan」( http://www.foodwatch.jp/ )編集長。公益財団法人流通経済研究所客員研究員。亜細亜大学経営学部非常勤講師。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。著書に『農業成功マニュアル「農家になる!」夢を現実に』(翔泳社)、『食品業界のしくみ』(ナツメ社)、共著に『創発する営業』(上原征彦編、丸善出版)ほか。
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