カルチャー
2015年4月1日
無農薬論者ではない生産者が、良好な生態系の水田を取り戻すまで
[連載] 有機野菜はウソをつく【4】
文・齋藤訓之
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転機――農薬散布後、用水路でひっくり返っているカエルを見て......


 「肥料、農薬等は必要なだけ、適量を使い、ムダを出さない」のうち、今回は農薬の適量ということについてお話します。

 福井県鯖江市の内田秀一さんが経営する内田農産では、毎年6月になると、地域の人や同社の米を買っているお客さんを招いて、水田を舞うホタルを見る会を開いています。6月中旬にゲンジボタルが乱舞を始め、下旬にはヘイケボタルが水田から舞い上がり、付近の樹木をクリスマスツリーのようにきらめかせるのです。その幻想的な光景を見ながら、そこで穫れた米で作ったおにぎりをほおばる。毎年のその楽しみが、内田農産とファンの関係を強くしています。

 水田を舞うのはホタルだけではありません。昼間は水田の上をおびただしい数のトンボが飛び交っています。その下、イネの茎葉にはクモの巣が張っている。さらに水面を見ればアメンボが走り回り、水中にはカエルとメダカ。その全体を、時折ツバメがかすめて飛んで行きます。このどれもが、イネに群がる害虫を食べようと待ち構えているのです。益虫が増える環境を作り、それによって害虫を抑えるというのが、内田さんの戦略です。

 では、内田さんは有機栽培かというとそうではありません。減農薬・無化学肥料で県の特別栽培農産物認証は取っていますが、内田さんは「私は無農薬論者ではない」と言います。それでも、その使用量と組み合わせにはこだわりがあるのです。

 かつて集落単位で一斉防除をしていた頃、内田さんは農薬散布のオペレーターを引き受けていました。しかし、ある日防除の後、用水路に腹を見せてひっくり返って浮かんでい るカエルを見て胸を痛めた。それは感傷であっただけでなく、農業としても問題を生ずるのではないかという危機感でもありました。

かつての良好な水田の生態系に戻るまで


 案の定、地域からは年々ホタルが姿を消していきました。それにつれて、イネの害虫であるドロオイムシやカメムシなどの害虫発生も増えた。そこで内田さんは害虫の天敵が減ったせいだと見抜き、益虫を増やす工夫をしてきたのです。ただ、農薬は除草と病害予防に役立つものであり、「せっかくの文明の利器。使わない手はない」と考えていて、使用を全廃する気はありませんでした。そこで、イモチ病予防などを狙う殺菌剤、ドロオイムシ対策としての殺虫剤、除草剤の組み合わせと施用時期を研究しました。

 同時に、イネの株間を通常より5㎝以上広い22~23㎝間隔の粗植とすることで風通しをよくし、株元まで太陽光を当てることにしました。単位面積当たりの株数は減るため、先に掲げた高単収を狙う原則からははずれますが、これでカビの発生が抑えられ、農薬の使用量を減らしながら安定した収量を確保するほうを採ったのです。これらの結果、農薬は一般的な使い方に比べて格段に少量で済むようになりました。これで特別栽培の認証を取ったわけですが、消費者にとってもっとインパクトのある効果が現れてきました。それがホタルの復活です。

 最初は、ゲンジボタルが戻りました。そしてそれから数年後、ヘイケボタルも戻ったのです。ゲンジボタルは用水路でカワニナを食べて育つのに対し、ヘイケボタルは水田のタニシを食べて育つもので、ゲンジボタルよりもデリケートだと言います。これが戻ったということは、水田の生態系がかつての良好な状態に戻ったと考えられる。

 内田さんは、お客さんにそのことも説明しました。

 「栽培履歴や農薬の使用量を書類で示すことはできるが、それだけでそのコメが実際に安全かどうかは消費者には判断がつかない」

 しかし、その水田に湧いたホタルを見れば、その水田が安全で良好な状態だと実感できるというわけです。





有機野菜はウソをつく
齋藤訓之 著



齋藤訓之(さいとうさとし)
1964年北海道生まれ。中央大学文学部卒業。市場調査会社勤務、「月刊食堂」(柴田書店)編集者、「日経レストラン」(日経BP社)記者、日経BPコンサルティング「ブランド・ジャパン」プロジェクト責任者、「農業経営者」(農業技術通信社)取締役副編集長兼出版部長を経て独立。2010年株式会社香雪社を設立。農業・食品・外食にたずさわるプロ向けのWebサイト「Food Watch Japan」( http://www.foodwatch.jp/ )編集長。公益財団法人流通経済研究所客員研究員。亜細亜大学経営学部非常勤講師。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。著書に『農業成功マニュアル「農家になる!」夢を現実に』(翔泳社)、『食品業界のしくみ』(ナツメ社)、共著に『創発する営業』(上原征彦編、丸善出版)ほか。
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