カルチャー
2015年8月4日
日本人だけが知らない、「正々堂々」が世界で非常識な理由
[連載] 中国との付き合い方はベトナムに学べ【6】
文・中村繁夫
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必死さが違うベトナム流交渉術


オートバイだらけのハノイ市

 ベトナムを相手に交渉をしていると交渉術の本質がよく理解できる。彼らがやっているのは、自分たちが頭を下げるのではなく、相手が頭を下げるように仕組むことである。決してお願い外交のような交渉はしないのだ。

 まず、自分のほうから手の内を明かすようなことは絶対にしない。弱みは決して見せない。妥協案を腹の内に持っていても、最後まで口をつぐんでいる。相手が最後の最後に本当に困ってきたところを見計らってタイミングよく妥協案を提示するからこそ意味があるのだ。

 要するに、彼らは二枚腰での交渉がデフォルトなのである。最初は徹底的に相手を追いつめる。しかも、相手は追いつめられているとは気付かないように真綿でじわじわ首を絞め付けるようにである。そうして逃げられないようにして、相手が弱ってきたところで「ここらが相場だろう」と手を打つ。

 なぜ、ベトナムがこのように交渉上手なのかと言えば、答えは「命がかかっているから」だろう。日本人の外交官も経営者も「使命感」までは口にするが、さすがに「命がかかっている」とまでは言わないし、思ってもいない。そこがベトナムとの交渉力の差になって表れているのである。

 命がかかっていれば必死さが違う。ダメならダメでいいか、というような緩い感覚はベトナムにはない。その交渉事が優位にまとめられなければ自分の存在価値を失うと本気で向かってくるのがベトナム人である。

漁夫の利を得るための考え方


 そんなベトナムに対して日本が普通の外交をして交渉事でうまくいくはずがない。漁夫の利を得るのが彼らの常識。そのために「敵の敵は味方である」と考える。

 キューバもまた漁夫の利を得るのがうまい。米国はキューバをカリブ海の北朝鮮のように扱ってきたが、キューバもまた北朝鮮をうまく利用しているからだ。経済的メリットだけで言えば、お互いに国力がないので利用価値はないかもしれない。

 ただ一つ、価値があるのはお互いに「米国の敵」であるという点だ。敵の敵は味方なのである。誰に喧嘩をさせたら自分にメリットがあるかを考えるのだ。キューバも北朝鮮もお互いを自分の味方だとは思っていない。米国と北朝鮮が対立すればキューバに漁夫の利があるのだ。

 ここで大事なことは、相手をいかに利用するかのみに思いを巡らせることである。日本は、キューバと北朝鮮は同じ共産主義国家だから接近していると考えるが、それは主観的かつ単純思考に過ぎる。

 その状況をいかにうまく利用するかが外交や交渉事で漁夫の利を得ることにつながるのであるから、そのためには戦略の見直しも当然必要になる。一旦決めたことを途中で変えるのは恥ずかしいと日本は考えるが、本来、戦略は柔軟に変えるべきものだ。

 経営においてもPDCA(計画・実行・検証・改善実行)は当たり前にやっていることである。それが外交や交渉事でできないのはおかしい。
 たとえば、相手が最初は強く出ていても状況の変化によって、こちら側に再交渉を持ちかけてくることがある。そのときに、一旦、撤退したからといってすぐに「無理だ」と返事をするのではなく、うまく引きつけながら「じらす」のも戦略である。

 キューバの例で言えば、米国からの50年越しの再交渉である。すぐには乗らずに、まずロシアのプーチン大統領の側を向いた。ロシアがあたかもキューバに味方するかのような条件を引っ張り出し、それを見た中国もキューバへの援助姿勢を出した。

 これらはすべて対米国を交渉事において牽制するためだ。そして、最終的には米国から中国を切るようなことをさせて、キューバは自らの当初からの目的を果たしたのである。

 こうした、したたかさは単純思考でキューバだけを見ていては見えてこない。ベトナムもまったく同じである。常に、どことどこがどう動けば、何がどう変わるのかという戦略のダイナミクスを考えるようにしなければ日本はいつまでも世界で子ども扱いされるだろう。

世界では正々堂々は通じない!


 ベトナムでは、実は「個人」があまり前面に立つことがない。二枚腰、三枚腰で交渉するのが基本であるから個を出すふりをしてこちらを引き込み、そろそろいいだろうと思わせてから「いや、私には権限がない」と、さらに奥に引き込む。

 最初の人間よりも上のクラスの人間が出てくれば、日本人は「ものごとが進められる」と思いがちだが、そうはなっていない。妥協案を引き出しても「実は、親会社があって、私には権限がない」と言い出す。そして、親会社と交渉しても、また同じように「実は...」となるので日本人の手には負えないのである。

 それでも、ここまで進んでしまっているので引き返すのも大変だし、これまでの労力が水の泡になると考え、日本人は前に進む。すると、待ってましたとばかりに国の役人が出てきて、あれこれ難題を出してくるのがベトナムの交渉ストーリーだ。
 取るものを取られていいようにもて遊ばれる。こんな情けない話が死屍累々(ししるいるい)ベトナムには散らばっていることも日本人は知らないのである。

 このような話をすると、それは卑怯ではないか、もっと正々堂々としなければならないというように感じる日本人は少なくない。しかし、外交や交渉事は、取るか取られるかの戦いである。戦いにおいて正論ばかり振りかざしていて勝てるのだろうか。

 否である。下剋上の戦国時代、勝つためには日本人も謀略をめぐらせてきた。生き残りをかけているのだから当たり前である。
 武士道精神は天下泰平の江戸時代になってからのものだ。平時には争いは不要である。そのために卑怯な戦略は悪とされたわけだが、世界を相手にした争い=外交や交渉事においては、まず勝たなければ意味がない。

 日本国内のみでの話なら性善説に立っても問題ないかもしれないが、外に出たときは二枚腰、三枚腰の戦略を持ったほうがいい。世界において正々堂々はむしろ非常識なのである。

 なお、ベトナムを映し鏡に我われが中国をはじめ世界といかに付き合っていくかについては、最近刊行した『中国との付き合い方はベトナムに学べ』(SB新書)に詳しくまとめている。久米 宏 氏にもご推薦を賜っている。あわせてご一読いただきたい。

(了)
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中国との付き合い方はベトナムに学べ
中村繁夫 著



【著者】中村繁夫(なかむらしげお)
1947年京都府生まれ。京都府立洛北高校卒業後、静岡大学農学部木材工業科に進学。大学院に進むが休学し、世界放浪の旅へ出かける。ヒッピーのような生活を続けながら、ヨーロッパ、ブラジル、アメリカなど30数カ国を放浪する。約3年の旅を終え、大学院に復学、修士課程を修了。旅を続ける中で、商社の仕事、レアメタルという商材に興味を覚え、繊維と化学品の専門商社、蝶理に27歳の新入社員として入社。約30年勤務し、そのほとんどをレアメタル関連部門でのレアメタル資源開発輸入の業務に従事する。蝶理の経営状況悪化により、55歳でいきなりのリストラ勧告。レアメタル事業をMBOで引き継ぐことを決意し、2003年、蝶理アドバンスト マテリアル ジャパンの社長に就任。翌年、MBOを実施し独立。アドバンスト マテリアル ジャパンの代表取締役社長に就任した。中国、ベトナムをはじめとするアジア各地で会社を設立し、ビジネスを幅広く展開。日本の「レアメタル王」として知られる。交渉を通じて数多くの失敗を経験するなかで、ベトナムの交渉術(対外戦略)が個人・ビジネス・国家レベルでいちばん日本人に参考になることを説く。ウェッジ等でアジアに関するコラムを数多く寄稿。著書に、『レアメタル・パニック』(光文社)、『レアメタル資源争奪戦』(日刊工業新聞社)、『2次会は出るな!』(フォレスト出版)などがある。