カルチャー
2015年2月6日
三沢選手の悲劇が物語る「首」の重要性
[連載] 体の不調は「首こり」から治す、が正しい【8】
文・三井 弘
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首へ衝撃が命の危険につながることもある


 医師としては、あまり「死」という言葉を使いたくはないのですが、こと首へのダメージに関しては、そう言っていられないこともあります。
 実際に、オートバイや車の事故、ラグビーやプロレスなどのスポーツ、階段からの激しい転落などで"首の骨"を折り、亡くなる方もいるからです。

 突発的な強い衝撃を受けて頸椎が脱臼し、即死に至る。これは脊髄の「損傷」ではなく、脊髄(せきずい)が「離断」したケースです。すなわち脊髄が一瞬にして切れてしまい、生きるためのすべての機能が停止してしまった状態です。
 首に起こる障害の中でも最悪のケースと言っていいでしょう。

 不調や故障がなく100パーセント健康であったとしても、このような突然のアクシデントで最悪の結果に至る可能性があるのが「首」という場所なのです。

 ただし、突発的に即死に至るような場面は確率的にはあまり高くはありません。
 それよりも気をつけなくてはならないのが、すでに首に故障が起こっていて、それがちょっとしたアクシデントにより深刻な事態につながってしまうケースです。

 首が健康であっても、不慮の事故などで致命的なダメージを受ければ、一発で命の危機にさらされてしまいます。さらに、すでに首に何らかのトラブルがあった場合は、小さなことでそのリスクが増してしまうことになるのです。

首への衝撃がもたらした悲劇


 たとえば2009年、プロレスラーの三沢光晴選手が試合中の事故で亡くなりました。相手選手のかけたバックドロップによって頭部を打ち、それによって頸椎がずれて脊髄が離断してしまったことが直接の死因でした。

 その場で意識不明、心肺停止となった三沢選手は、すぐに病院に搬送されたものの、46歳の若さで帰らぬ人となってしまいました。
 その引き金はバックドロップによる首への衝撃でしたが、亡くなる前の数年間、三沢選手は頸椎(けいつい)が変性し、骨棘(こつきょく)ができて肩や首の慢性的な痛みに悩まされていたといいます。

 下を向くのも困難なぐらいの痛みだったということですから、選手生活の中で首が酷使され続け、いろいろなトラブルが起きていたのでしょう。
 すでに弱っていたところに強い衝撃を受け、それに首が耐えられなかったことが悲劇につながったと考えられます。

 脊髄は、一度損傷すると元には戻りません。それまでに脊椎が傷つけられていた場合、たった一度の少しの衝撃に持ちこたえられないこともあります。
 その結果、体の部分的な麻痺や四肢の麻痺を起こしたり、場合によっては三沢選手のように命を落としたりするようなこともあり得るのです。

 特に、生命維持に不可欠な呼吸・循環機能を司る「延髄(えんずい)」に近い、1~4番の頸椎がダメージを受けると、死に至る可能性が高くなります。
 たとえば、第四頸椎の神経根は、呼吸と深く関係している横隔膜とつながっています。肺がふくらんだり縮んだりして呼吸活動ができるのも、脳からの指令で横隔膜という筋肉が収縮し、肺を動かしているからです。

 ですから、もし第四頸椎に大きな損傷が起これば、横隔膜への脳からの指令が途絶え、動きが止まって「呼吸停止→即死」となってしまいやすくなります。

 首への衝撃は、いつ、どのように起こるかわかりません。脅かすわけではありませんが、趣味程度のテニスや草野球、ゴルフなどのスポーツで捻っても、自転車に乗っていて落車しても、あるいは階段を踏み外したり、つまずいて転倒したりといったことでも起こり得るのです。

 そのようなとき、日頃から首に故障があったりすると、小さな衝撃が取り返しのつかない結果につながる可能性もあります。ですから、首の不調は決して放っておいてはいけないのです。

(第8回・了)





体の不調は「首こり」から治す、が正しい
三井 弘 著



三井 弘(みつい ひろし)
1943年、岡山県岡山市生まれ。1970年、東京大学医学部を卒業。同整形外科入局。1977年より三井記念病院勤務。1984年「三井式頚椎手術器具」を開発。三井記念病院整形外科医長を経て、現在、三井弘整形外科・リウマチクリニック院長。専門分野は脊椎、関節(人工関節)。日本リウマチ学会評議員。著書に『体の痛みの9割は首で治せる!』(角川SSC新書)、『首は健康ですか?』(岩波アクティブ新書)など多数。
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