カルチャー
2015年11月26日
日本にキリスト教を伝えた「ポルトガル」の経済的窮状
[連載] 宗教消滅─資本主義は宗教と心中する─【13】
文・島田裕巳
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新興宗教を渡り歩く若者たち


 信仰というものは、究極的には個人のものである。その個人が、さまざまな形で存在する宗教のなかから、自分にとって好ましいものを選び、それを信仰することになる。
 したがって、なかには、次々と信仰を変えていく人間がいる。日本の新宗教については、「渡り鳥」となる信者の存在が指摘されており、次々と所属する宗教を変えていくのである。私が知っているケースでも、創価学会から幸福の科学、そしてカトリックに改宗した人間がいる。あるいは、オウム真理教の信者となった人間たちのなかには、教祖の麻原彰晃を含め、阿含宗から転じた者が少なくなかった。

 一度、テレビの番組で見たことがあるが、アメリカのニューヨークでは、結婚と離婚をくり返す人間が、そのたびに宗教を変えていくという。もともとはカトリックであったのが、ユダヤ人と結婚したためにユダヤ教に改宗するというケースが当たり前のように存在するのである。

 その点では、信仰はやはり個人的なものということになるが、ニューヨークのケースでは、結婚という出来事が改宗を促しているわけで、そこには家族や親族の関係性が影響している。同じ宗教を信仰していないと、家族や親族が参加する宗教的な儀式に列席できないわけで、そのために改宗していく。テレビを見る限り、改宗という行為は実に簡単に行われているという印象を受けた。

 宗教は必ず共同性を伴っている。個人だけで信仰活動を続けていくということはほとんどないことで、教団に加わったり、儀式に参加するというときに、そこには必ずや共同体の組織が存在している。
 その点では、信仰を得るという行為は、特定の宗教組織のメンバーになることを意味する。そうなると、信仰はあくまで個人のものとは言えなくなってくるのだ。

宗教の基盤さえも消えている


 日本の高度経済成長の時代に、新宗教が拡大していったわけだが、そのとき、そうした教団に加わっていくのは、個人が単位であった。彼らは、すでに信者になっている人間に勧誘されて、その組織に加わっていった。創価学会では、かなり強引な手段を使って会員を増やす「折伏」という方法が用いられたが、それによって莫大な数の信者が教団に加わっていったのである。

 しかし、それはあくまで、教団が急速に拡大していく時期においてのことで、安定期に入り、次々と新しい信者が加わってくるという状況ではなくなると、信仰は、信者から外部の人間に伝わるのではなく、家族の内部で継承されるようになる。

 まして、伝統的な宗教ともなれば、その宗教が信仰されている国や地域、あるいは一族に生まれた人間が、そのまま自動的に信者になっていく。キリスト教のカトリックの場合には、それが「幼児洗礼」という儀礼の形をとることになるが、イスラム教などの場合には、入信のための儀礼自体が存在せず、イスラム教社会、イスラム教の家庭に生まれた人間は、何の儀式も経ないまま信者と見なされるのである。

 イスラム教では、礼拝や断食、喜捨、巡礼などとともに信仰告白が、信徒の果たすべき信仰行為とされている。それは、「五行」と呼ばれるが、信仰告白は、「アッラーの他に神はなし」、「ムハンマドはアッラーの使徒なり」と唱えるものである。これを実際に行っているのは、他の宗教からイスラム教に改宗した人間だけである。
 宗教は、地域や村落共同体、家族や一族といった共同体に基盤をおいている。その共同体を資本主義は破壊していく。次には、そうした事態が日本でどのような形を見せているかを追っていくことにする。

(続)





宗教消滅
資本主義は宗教と心中する
島田 裕巳 著



【著者】島田 裕巳(しまだ ひろみ)
現在は作家、宗教学者、東京女子大学非常勤講師、NPO法人葬送の自由をすすめる会会長。学生時代に宗教学者の柳川啓一に師事し、とくに通過儀礼(イニシエーション)の観点から宗教現象を分析することに関心をもつ。大学在学中にヤマギシ会の運動に参加し、大学院に進学した後も、緑のふるさと運動にかかわる。大学院では、コミューン運動の研究を行い、医療と宗教との関係についても関心をもつ。日本女子大学では宗教学を教える。 1953年東京生まれ。東京大学文学部宗教学宗教史学専修課程卒業、東京大学大学院人文科学研究課博士課程修了。放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員を歴任。主な著書に、『創価学会』(新潮新書)、『日本の10大新宗教』、『葬式は、要らない』、『浄土真宗はなぜ日本でいちばん多いのか』(幻冬舎新書)などがある。とくに、『葬式は、要らない』は30万部のベストセラーになる。生まれ順による相性について解説した『相性が悪い!』(新潮新書)や『プア充』(早川書房)、『0葬』(集英社)などは、大きな話題になるとともに、タイトルがそのまま流行語になった。
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