カルチャー
2015年12月3日
止まらない日本の新宗教の衰退
[連載] 宗教消滅─資本主義は宗教と心中する─【14】
文・島田裕巳
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世界中で同時多的に進行する「宗教」の消滅。人類社会からの宗教の消滅を予言する本連載。日本の宗教の「今」はどうなっているのか? かつて政治にも影響力をもった「生長の家」。新宗教の一つが、今の日本で置かれている状況とは? 減り続ける信者の数。今後、団体はどうなっていくのか? 長期連載、14回目。


原宿から消えた教団施設


 東京の原宿と言えば、若者たちが集まる人気のスポットである。
 その中心をなすのが竹下通りで、いつもごった返している。そこから北へ5分ほど行ったところに、「原宿いのちの樹林」というものが最近誕生した。
 大都会のなかの貴重な緑地で、総面積は4400平方メートルに及んでいる。敷地のなかには遊歩道が通り、その脇にはさまざまな植物が植えられている。雨水と井戸を使ったビオトープ(生物生息空間)もあり、環境に配慮した空間になっている。
 とくにそれを象徴するのが、駐車場にある電気自動車用の充電マシーンで、これは無料である。

 ただし、そのいのちの樹林は、いささか奇妙な建物に接している。樹林からは建物の背後が見えるが、前にまわってみると、それは講堂のようでもあり、キリスト教の教会のようでもある。なにしろ、中心は、上に行くほど円周が小さくなる三重の塔になっているからである。

 この建物は前からあるもので、その存在を知っている人が今見たら、昔との違いに気づくことだろう。以前は、塔の中央に白い神さまのような像が取りつけられていた。それが、今はなくなっているのである。
 建物は、新宗教の教団、生長の家の「光明の塔」というもので、「いのちの樹林」ができた場所には、二棟の本部会館が建っていた。それが解体され、今は緑地になっているわけである。

生長の家の隆盛と衰退


 では、現在、生長の家の本部はどこに行ってしまったのだろうか。
 それはなんと、山梨県北杜市にある。案内を見ると、JR小海線の甲斐大泉駅が最寄り駅とされているが、そこから徒歩40分とあり、車で行くしかないかなり不便な土地になっている。都心にある原宿と比べれば、随分異なる環境のもとにあることになる。

 その本部は、宗教法人「生長の家」国際本部、生長の家「森の中のオフィス」と呼ばれており、建物はロッジ風の木造で、屋根の全面にはソーラ・パネルが設置されている。「いのちの樹林」と同様に、それが環境に配慮した建築物であることは間違いない。
 都心から森のなかへの移転、そして、環境に配慮した緑地と建物ということを考えると、生長の家は、自然回帰をめざす宗教団体であるかのように見えてくる。

 生長の家のことを知っている人たちは、こうした教団の現在の姿を見て、かなり驚くのではないだろうか。
 というのも、かつての生長の家は、「生長の家政治連合」を組織して、国会に議員も送り込み、保守的な政治団体としてかなり目立った活動を展開していたからである。
 現在、右派の政治団体である一水会の最高顧問をつとめ、評論活動を展開している鈴木邦男氏は、学生時代に生長の家学生会全国総連合に加わり、書記長となっただけではなく、この総連合が中心となって結成した民族派の学生組織、全国学生自治体連絡協議会の初代委員長もつとめていた。

 生長の家の創始者は、谷口雅春という人物で、谷口はもともと戦前に二度厳しい弾圧を受けた大本の信者だった。ところが、教団のあり方に疑問を感じ、谷口は脱会して昭和4(1929)年に『生長の家』という雑誌を創刊、雑誌の刊行を中心とした宗教活動を展開する。
 生長の家が信者を伸ばしていくのは、雑誌さえ読めば病気が治るなど、現世利益の獲得を宣伝したからだが、日本が戦争の時代に入っていくと、強烈な天皇信仰を打ち出すようになる。谷口は、「すべての宗教は、天皇より発するなり。大日如来も、釈迦牟尼仏も、イエス・キリストも、天皇から発する也」とさえ主張していた。

 太平洋戦争が勃発すると、谷口はそれを「聖戦」であると主張し、中国軍を撃破するために「念波」を送ることを呼びかけた。その思想があまりに過激であったために、かえって体制側には好まれなかった。

 日本が戦争に敗れたことは、生長の家にとって大きな挫折の体験になるはずだが、谷口は、「日本は決して負けたいのではない」、「ニセ物の日本の戦いは終わった」と主張して、敗戦を認めず、それを合理化した。
 さらに、生長の家の教えのなかには、「本来戦い無し」ということばがあるとして、生長の家は平和主義を説いてきたとさえ主張したのだった。

 あまりに御都合主義的な解釈だが、戦後の世界情勢の変化が生長の家に活躍の場を与える。東西の冷戦構造が深まることによって、保守と革新、右翼と左翼の対立が激化し、天皇崇拝や国家主義、あるいは伝統的な家制度の復活などを主張する生長の家は、保守勢力に支持され、社会的な影響力を発揮した。
 生長の家の主張は、明治憲法復元、紀元節復活、日の丸擁護、優生保護法改正反対などであり、民主主義を基盤とした戦後社会のあり方に違和感を持つ層を取り込むことに成功した。それによって生長の家は、100万人を越える信者を抱える大教団に発展した。もちろんそこには、高度経済成長による社会の大規模な変容ということも影響していた。






宗教消滅
資本主義は宗教と心中する
島田 裕巳 著



【著者】島田 裕巳(しまだ ひろみ)
現在は作家、宗教学者、東京女子大学非常勤講師、NPO法人葬送の自由をすすめる会会長。学生時代に宗教学者の柳川啓一に師事し、とくに通過儀礼(イニシエーション)の観点から宗教現象を分析することに関心をもつ。大学在学中にヤマギシ会の運動に参加し、大学院に進学した後も、緑のふるさと運動にかかわる。大学院では、コミューン運動の研究を行い、医療と宗教との関係についても関心をもつ。日本女子大学では宗教学を教える。 1953年東京生まれ。東京大学文学部宗教学宗教史学専修課程卒業、東京大学大学院人文科学研究課博士課程修了。放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員を歴任。主な著書に、『創価学会』(新潮新書)、『日本の10大新宗教』、『葬式は、要らない』、『浄土真宗はなぜ日本でいちばん多いのか』(幻冬舎新書)などがある。とくに、『葬式は、要らない』は30万部のベストセラーになる。生まれ順による相性について解説した『相性が悪い!』(新潮新書)や『プア充』(早川書房)、『0葬』(集英社)などは、大きな話題になるとともに、タイトルがそのまま流行語になった。
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