カルチャー
2015年11月12日
近代経済学に影響を与える「ユダヤ・キリスト教」の信仰
[連載] 宗教消滅─資本主義は宗教と心中する─【11】
文・島田裕巳
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世界中で同時多発的に進行する「宗教」の消滅。人類社会からの宗教の消滅を予言する本連載。今回は、マルクスの資本論がキリスト教的な発想から生まれたことを明らかにする。ヨーロッパにおける近代経済学が、いかにユダヤ教・キリスト教の影響を受けていたか。宗教が経済に与える影響力とは――。「ポスト資本主義時代」の宗教の未来を描く長期連載、11回目。


マルクスが指摘したかったこととは何か?


 マルクスの思想は、必ずしも来るべき共産主義の社会がいかなるものになるか、その具体像を示すものではなかった。ましてや、いかにして資本主義の社会に代わる新しい社会を築いてけばいいのか、その具体的なプロセスを示したものでもなかった。

 その後、共産主義の革命はロシアで現実のものとなり、ソビエト連邦が成立する。だが、それが残虐な粛正を伴う抑圧的な国家の形成に結びついてしまったのも、そうしたことが影響していたように思われる。
 たしかに、マルクスとその同志となったエンゲルスが活動を展開していた19世紀においては、資本主義の矛盾が露呈し、階級間の対立が激化していた。そうした状況のなかで、「共産主義」という資本主義に代わる社会システムは魅力のあるものに映った。

 マルクスが行ったことは、資本主義のシステムの分析であり、その点では、近代経済学と変わらなかった。実際、マルクスは、分配の問題についてデヴィッド・リカード(編集部注:自由貿易を擁護する理論を唱えたイギリスの経済学者)の影響を受けているし、その経済学の中心に位置づけられる労働価値説についても、やはりリカードやアダム・スミスの議論を受け継いだものであった。マルクスがモデルとしたのは古典派経済学であり、その点でも近代経済学と同じ方向性をもつものであった。

 ただし、近代経済学が、資本主義のシステムの分析を行い、その上で、より安定的なシステムを生み出すための政策や方策を考え出そうとしたのとは異なり、マルクスの研究は矛盾を蓄積させた資本主義のシステムがやがて崩壊せざるを得ないことを明らかにすることに力点がおかれた。

マルクスの予言はキリスト教の終末思想を土台にしていた


 マルクスが資本主義の崩壊の先に共産主義社会の到来を想定したことは、一種の予言であり、そこには、人間の力というものは働いていなかった。その点で、マルクスの議論は、キリスト教における終末論を思い起こさせるものであった。

 マルクスはユダヤ人であり、キリスト教徒ではない。しかし、彼が生きていたドイツは、マックス・ヴェーバーの生きた国でもあり、キリスト教の影響が強かった。
 キリスト教においては、イエス・キリストが十字架にかけられて殺され、3日目に復活したことが信仰の核心を構成しているが、それは、やがて訪れる最後の審判における人類全体の救済を約束するものと信じられた。その点でキリスト教は、終末が訪れることを前提とする宗教なのである。

 こうしたキリスト教の終末論は、社会が危機に陥ったときに必ず持ち出されるもので、そのたびに熱狂的な支持者を生んだ。マルクスの共産主義思想も、その枠組みはこのキリスト教の終末論に酷似している。社会の全面的な崩壊を予言しつつ、その後自動的に新しい社会が生まれるとするというところで、考え方は共通しているのである。

 重要なことは、マックス・ヴェーバーが、資本主義の精神の誕生をプロテスタンティズムの倫理に求めたように、ヨーロッパにおいては、経済現象を説明しようとする際に、必ずキリスト教の信仰が持ち出されてくる点である。
 マルクス自身は、自らの思想がキリスト教の終末論の影響を受けているなどと言明はしていない。しかしその思考の方向性は、明らかに「キリスト教的」なのである。あるいは、「ユダヤ・キリスト教的」と言った方がいいかもしれない。






宗教消滅
資本主義は宗教と心中する
島田 裕巳 著



【著者】島田 裕巳(しまだ ひろみ)
現在は作家、宗教学者、東京女子大学非常勤講師、NPO法人葬送の自由をすすめる会会長。学生時代に宗教学者の柳川啓一に師事し、とくに通過儀礼(イニシエーション)の観点から宗教現象を分析することに関心をもつ。大学在学中にヤマギシ会の運動に参加し、大学院に進学した後も、緑のふるさと運動にかかわる。大学院では、コミューン運動の研究を行い、医療と宗教との関係についても関心をもつ。日本女子大学では宗教学を教える。 1953年東京生まれ。東京大学文学部宗教学宗教史学専修課程卒業、東京大学大学院人文科学研究課博士課程修了。放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員を歴任。主な著書に、『創価学会』(新潮新書)、『日本の10大新宗教』、『葬式は、要らない』、『浄土真宗はなぜ日本でいちばん多いのか』(幻冬舎新書)などがある。とくに、『葬式は、要らない』は30万部のベストセラーになる。生まれ順による相性について解説した『相性が悪い!』(新潮新書)や『プア充』(早川書房)、『0葬』(集英社)などは、大きな話題になるとともに、タイトルがそのまま流行語になった。
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