カルチャー
2015年10月22日
ローマ法王、アメリカ訪問は何を意味するか ―アメリカ・南米、カトリックの危機
[連載] 宗教消滅─資本主義は宗教と心中する─【8】
文・島田裕巳
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世界中で同時多発的に進行する「宗教」の消滅。最後は、アメリカと南米大陸。カトリックが大勢を占める、かの国でも異変が起きていた。ヒスパニックなど移民の問題と切り離せない、宗教図。ローマ法王は、なぜブラジルを重要視するのか――。「ポスト資本主義時代」の宗教の未来を暗示する長期連載、8回目。


ローマ法王の「人気取り」


 9月の19日から27日にかけて、ローマ法王がキューバとアメリカを歴訪した。
 同じ時期、中国の習近平国家主席が国賓としてアメリカを訪れ、オバマ大統領と会談したり、ボーイング社の工場を訪れ、300機を「爆買い」したりしたものの、ローマ法王の人気は高く、すっかりその存在は霞んでしまうほどだった。
 今回キューバとアメリカを訪問した、ローマ法王・フランシスコは、2013年3月13日に就任した第266代のローマ法王である。前任のベネディクト16世が、法王としては珍しく生前に退任したのを受けての就任だが、アルゼンチン出身で、南米大陸出身のはじめてのローマ法王となった。

 ベネディクト16世は、ドイツ出身で、数々の著作を刊行しているところに示されているようにかなりのインテリだった。その分、カトリックの信徒のあいだでは人気は今一つで、バチカンを訪れる信徒の数がかなり減ったと言われている。
 それに対して、現在のフランシスコは、気さくな人柄もあるが、人気は高く、社会主義国のキューバでは3都市で大規模な野外ミサを行い、カストロ元議長とも会談した。

 アメリカでも、法王は大歓迎を受け、メディアもその動静を逐一伝えた。アメリカではカトリックは少数派で、アメリカ国民全体の5分の1程度を占めるにすぎない。法王を歓迎したのは、おそらくカトリックの信徒には限られないことであろう。
 ローマ法王が訪れたとき、キューバとアメリカとのあいだでは国交正常化の交渉が進み、キューバ革命以来断絶していた両国の関係が修復されようとしていた。国交正常化に、フランシスコが寄与したのではないかとも伝えられている。
 フランシスコが法王に就任して以来、カトリック教会のかじ取りをどのように進めていくかに注目が集まっている。

聖ペテロの遺骨を公開した狙い


 すでに述べたように、ヨーロッパでは教会離れが進行し、社会に及ぼす教会の影響力が大幅に低下しているからである。前法王の不人気も、そうしたカトリック教会のおかれた状況と、決して無関係ではない。
 前任・フランシスコの場合、カトリック教会の危機を、昔のあり方に戻ることによって克服しようとしているように見える。つまり、「合理主義」の方向には進めないということである。
 具体的な現れとしては、就任して間もない2013年11月24日に、バチカンのサンピエトロ広場で、イエス・キリストの12使徒のなかでトップにあったとされる「聖ペテロの遺骨」をはじめて公開したことがあげられる。
 こんなことを言っても、カトリックに詳しくない読者には、これがもつ意味はまったく分からないかもしれない。

 仏教の場合にも、開祖である釈迦の遺骨を「仏舎利」という形で塔を建てて祀るということが行われたが、カトリックでは殉教した「聖人」の遺骨を崇拝の対象とする「聖遺物崇拝」というものが中世の時代から流行した。
 ヨーロッパ各地にある教会や聖堂は、聖遺物を祀るために建てられた場合が多い。十字軍も、エルサレムから大量の聖遺物を持ち帰ったし、その売買や強奪といったことも行われた。
 聖遺物のなかには、「聖母マリアの乳」といったとんでもないものもあり、これについては、宗教改革家であるカルヴァンが厳しく批判をしているものの、それを信仰の対象に使え、病気直しなどの奇跡が起こるということで、人気は高い。
「聖ペテロの遺骨」となれば、第一級の聖遺物であるということになる。
 ただ、それが本当に聖ペテロのものかどうかについては議論があり、未だに決着を見ていない。DNA鑑定など不可能だからである。

 フランシスコが、就任早々にこうした試みを行ったのも、危機にあるカトリック教会を建て直す必要があるからである。ヨーロッパでの衰退とともに、カトリックの聖職者による性的な虐待の頻発という事態も、法王が解決していかなければならない重大な事柄である。性の解放が進んだ現代において、聖職者が独身を貫くことは容易ではない。あるいは、女性の聖職者を登用すべきだという声もある。






宗教消滅
資本主義は宗教と心中する
島田 裕巳 著



【著者】島田 裕巳(しまだ ひろみ)
現在は作家、宗教学者、東京女子大学非常勤講師、NPO法人葬送の自由をすすめる会会長。学生時代に宗教学者の柳川啓一に師事し、とくに通過儀礼(イニシエーション)の観点から宗教現象を分析することに関心をもつ。大学在学中にヤマギシ会の運動に参加し、大学院に進学した後も、緑のふるさと運動にかかわる。大学院では、コミューン運動の研究を行い、医療と宗教との関係についても関心をもつ。日本女子大学では宗教学を教える。 1953年東京生まれ。東京大学文学部宗教学宗教史学専修課程卒業、東京大学大学院人文科学研究課博士課程修了。放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員を歴任。主な著書に、『創価学会』(新潮新書)、『日本の10大新宗教』、『葬式は、要らない』、『浄土真宗はなぜ日本でいちばん多いのか』(幻冬舎新書)などがある。とくに、『葬式は、要らない』は30万部のベストセラーになる。生まれ順による相性について解説した『相性が悪い!』(新潮新書)や『プア充』(早川書房)、『0葬』(集英社)などは、大きな話題になるとともに、タイトルがそのまま流行語になった。
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