カルチャー
2015年9月17日
フランスの「カトリック消滅」
[連載] 宗教消滅─資本主義は宗教と心中する─【3】
文・島田裕巳
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「監獄」としてのモン・サン=ミシェル

 
 フランスには、パリのノートルダム大聖堂をはじめ、日本人の観光客が多く訪れるキリスト教の教会が多数存在している。
 フランスの西海岸にあって世界遺産にも登録されているモン・サン=ミシェルも、小島のなかに建つのはキリスト教の修道院である。
 ただ、モン・サン=ミシェルの場合、ベネディクト会の修道院ではあったものの、フランス革命のときに、それは廃止され、一時は監獄として使われたこともあった。
 現在は修道院として復興がはかられてはいるものの、そこで生活する修道士はわずか数人で、半分はキリスト教の実際の「遺産」になっている。
 その姿は、これからのフランスの教会全体の未来を暗示しているのかもしれない。

 今から相当前のこと、おそらくは20年か、30年前のことになるが、日本のカトリックの司教たちが視察のためにフランスを訪れたことがあった。その時点でも、フランスのカトリック教会のなかには、信徒が減って維持が難しくなり、他の教会の司教が兼務しているようなところが少なくなかった。
 そうした事態に接した日本人の司教たちは、日本の方がはるかにましだという感想をもったと聞いた。今、同じように日本人の司教たちがフランスを訪れたら、その衰退の激しさに驚愕し、暗澹たる思いにかられることだろう。

 ヨーロッパで産業革命が起こり、社会の近代化が推し進められた時代には、「進歩史観」が唱えられた。人類の社会はこれからも進歩を続け、科学や技術が大幅に発展することによって、科学的な知見にもとづかない宗教などという現象は、遠からず滅び去っていくであろうという見通しが語られることが多かったのだ。
 その予測はすぐに的中したわけではなく、宗教はしぶとく生き残った。しかし第二次世界大戦が終わってから時が経つにつれて、宗教にかんして言えば、やはり進歩史観は正しかったのではないかという感覚が強まっている。

フランス「栄光の30年」と宗教


 フランスは、現在でもEU諸国のなかでは最大の農業国であり、農産物の輸出ということでは、アメリカに次いで世界第2位の地位を保っている。
 実際、私たち日本人も、フランスから輸出された農産物に接する機会は少なくない。ワインやチーズなどは、フランス産が高く評価され、その価格も高い。
 しかし、一方で、フランスは第2次、第3次産業も発達しており、自動車産業や軍需産業では、世界有数のシェアを誇っている。
 そして、フランスでは、1973年に「オイル・ショック」が起こるまで、第二次世界大戦後、一度も不況に陥ることがなかったために、1945年から73年までは「栄光の30年」と言われた。そのことは、トマ・ピケティの『21世紀の資本』(みすず書房)でもくり返し出てきたので、記憶している読者も少なくないだろう。

 ただ、1950年代におけるフランスの経済成長率は平均で4.5パーセントであり、10パーセントを超えた日本にははるかに及ばない。
 また、人口の都市部への移動ということでも、パリ周辺では1950年から2005年にかけて、646万人が983万人に1.5倍に増えたものの、東京周辺では、同じ期間に約3倍に増えており、その規模ははるかに小さい。 したがって、栄光の30年の時代においてさえ、フランスでは、大規模な都市部への人口移動によって、新しい宗教が膨大な信者を集めるという事態も生まれなかった。
 フランスでは、第二次大戦後、既成宗教としてのカトリックの衰退がひたすら続いている。では、他のヨーロッパではどうなっているのだろうか。次にはそれを見ていきたい。

(続)





宗教消滅
資本主義は宗教と心中する
島田 裕巳 著



【著者】島田 裕巳(しまだ ひろみ)
現在は作家、宗教学者、東京女子大学非常勤講師、NPO法人葬送の自由をすすめる会会長。学生時代に宗教学者の柳川啓一に師事し、とくに通過儀礼(イニシエーション)の観点から宗教現象を分析することに関心をもつ。大学在学中にヤマギシ会の運動に参加し、大学院に進学した後も、緑のふるさと運動にかかわる。大学院では、コミューン運動の研究を行い、医療と宗教との関係についても関心をもつ。日本女子大学では宗教学を教える。 1953年東京生まれ。東京大学文学部宗教学宗教史学専修課程卒業、東京大学大学院人文科学研究課博士課程修了。放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員を歴任。主な著書に、『創価学会』(新潮新書)、『日本の10大新宗教』、『葬式は、要らない』、『浄土真宗はなぜ日本でいちばん多いのか』(幻冬舎新書)などがある。とくに、『葬式は、要らない』は30万部のベストセラーになる。生まれ順による相性について解説した『相性が悪い!』(新潮新書)や『プア充』(早川書房)、『0葬』(集英社)などは、大きな話題になるとともに、タイトルがそのまま流行語になった。
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