カルチャー
2015年10月1日
ヨーロッパを覆う「イスラム化」という恐怖
[連載] 宗教消滅─資本主義は宗教と心中する─【5】
文・島田裕巳
  • はてなブックマークに追加

新宗教の高齢化はなぜ起きたか


 キリスト教の信者の数は、世界全体でおよそ20億人と言われ、世界の総人口の3分の1を占めている。ところが、キリスト教の勢力がもっとも強いとされているヨーロッパにおいては、戦後その力が次第に衰え、近年になると、急激な教会離れが進行しているのである。

 私が宗教学を学びはじめたのは、1970年代のはじめのことだが、その頃の議論の中心は、「世俗化」ということにあった。世俗化とは、社会から宗教の影響力が失われていくことを意味している。そうした世俗化が先進国で進行していることに学界の注目が集まっていたのである。ただ、その後、イランでのイスラム革命などもあり、むしろ「宗教の復興」に注目が集まり、世俗化に対する関心は薄れていった。

 ところが、先進国、とくにヨーロッパに限って言えば、宗教復興の陰で世俗化が大幅に進行していたことになる。
 世俗化の議論が盛んに行われていた時代には、既成宗教に代わる新宗教が注目を集めたり、宗教とは言いがたい精神世界の運動が台頭していることに関心が向けられたりした。

 ところが、最近では、先進国の新宗教についてさえ衰退が指摘されるようになってきた。すでに日本においてそうした事態が起こっていることについては、この連載でもふれたが、イギリスの宗教社会学者アイリーン・バーカーは、「新宗教における高齢化―老後の経験の諸相」(高橋原訳『現代宗教2014』)という論文において、かつては若者の宗教の代表と見なされた新宗教で、急激な高齢化が起こっていることを指摘している。
 新宗教の場合、ある時期に急速に勢力を拡大していくという現象を経験することが多い。それは、すでに述べた創価学会の場合に顕著だが、多くの教団は、社会的に注目される時期において多くの信者を獲得する。
 ところが、その時期を過ぎると、新たに信者が入信してくることが少なくなっていく。新宗教は、時代のありようと深く連動し、その時代特有の社会問題への対応として生み出されてくるものだからである。その分、時代が変われば、魅力を失い、新しい信者を獲得できなくなる。

 そうなると、急速に拡大した時期に入信した信者たちが、そのまま年齢を重ねていくという事態が生まれる。彼らは強い結束を誇っているかもしれないが、その結びつきが強ければ強いほど、新しい人間はそのなかに入りにくくなる。こうした教団の構造も、信者を固定化する方向に作用する。その結果、高齢化という事態を迎えることになるのである。
 その点で、世俗化が先進国における基調であるとするなら、それは長いスパンにわたって徐々に進行しており、その過程で注目を集めた新規な宗教現象も、一時の「徒花」であったことになる。






宗教消滅
資本主義は宗教と心中する
島田 裕巳 著



【著者】島田 裕巳(しまだ ひろみ)
現在は作家、宗教学者、東京女子大学非常勤講師、NPO法人葬送の自由をすすめる会会長。学生時代に宗教学者の柳川啓一に師事し、とくに通過儀礼(イニシエーション)の観点から宗教現象を分析することに関心をもつ。大学在学中にヤマギシ会の運動に参加し、大学院に進学した後も、緑のふるさと運動にかかわる。大学院では、コミューン運動の研究を行い、医療と宗教との関係についても関心をもつ。日本女子大学では宗教学を教える。 1953年東京生まれ。東京大学文学部宗教学宗教史学専修課程卒業、東京大学大学院人文科学研究課博士課程修了。放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員を歴任。主な著書に、『創価学会』(新潮新書)、『日本の10大新宗教』、『葬式は、要らない』、『浄土真宗はなぜ日本でいちばん多いのか』(幻冬舎新書)などがある。とくに、『葬式は、要らない』は30万部のベストセラーになる。生まれ順による相性について解説した『相性が悪い!』(新潮新書)や『プア充』(早川書房)、『0葬』(集英社)などは、大きな話題になるとともに、タイトルがそのまま流行語になった。
  • はてなブックマークに追加