カルチャー
2015年10月1日
ヨーロッパを覆う「イスラム化」という恐怖
[連載] 宗教消滅─資本主義は宗教と心中する─【5】
文・島田裕巳
  • はてなブックマークに追加

研究で予想されていなかったこと


 そして、徐々に進行した世俗化は、ここに来て、底なしの気配を見せている。
 教会から離れていく人間が増えれば、それにつれて、他の人も同じような行動を起こす。
 残るのは、急速な変化についていけない高齢者であり、教会には年寄りだけが集まることになる。新陳代謝はまったく進まず、このまま行けば、教会のミサに出席する人間などいなくなる。
 教会を離れた人間であっても、「宗教は何か?」と聞かれたら、「キリスト教」答える人間は少なくないだろう。結婚式や葬式、あるいは盛大な祭のときには教会に行くという人間たちもいる。
 しかし、教会は恒常的に教会に来る人たちによる献金、あるいは教会税の支払いによって維持されているわけで、彼らがいなくなれば、存続が難しくなっていくのは間違いない。実際、つぶれていく教会が続出していることについては、すでに見たとおりだ。

 ただ、世俗化の議論が盛んだった時代に、一つ予想されていなかったことがある。
 それは、世俗化の議論を一時沈静化させた宗教復興の問題ともからんでくるのだが、ヨーロッパでは、キリスト教の急激な衰退が起こるなかで、イスラム教がその勢力を拡大していることだ。立ち行かなくなったキリスト教会が、居抜きでモスクに売られるのも、そうした事態を反映してのことである。
 2011年におけるヨーロッパのイスラム教徒の数と、それぞれの国の全人口に占める割合を示せば、次のようになる。

●フランス 271万4000人(4.3パーセント)
●ドイツ  353万3000人(4.3パーセント)
●イギリス 174万8000人(2.8パーセント)

 他のヨーロッパ諸国でも、同様の傾向が見えている。
 もっともイスラム教徒の割合が多いのが、6.0パーセントのオランダで、人数は100万人である。ベネルクス三国では、ベルギーが43万人(4.0パーセント)、ルクセンブルグが1万人(2.0パーセント)である。
 北欧諸国も高く、スウェーデンが37万8000人(4.0パーセント)、デンマークが20万600人(3.7パーセント)、ノルウェーが8万9000人(1.8パーセント)である。スイスでも、33万1000人(4.3パーセント)、オーストリアでも35万3000人(4.3パーセント)である。

スペインが恐れる「再イスラム化」とは


 ヨーロッパのなかで、意外にもまだイスラム教徒の割合が少ないのが、スペインで、116万1000人(2.5パーセント)である。
 こうした数字は、早稲田大学の店田廣文が示しているものだが(「世界と日本のムスリム人口 2011年」『人間科学研究』第26巻第1号)、スペインについては最近になって、より大きな数字を示しているものもある。
 UNIÓN DE COMUNIDADES ISLÁMICAS DE ESPAÑAの"Estudio demográfico de la población musulmana"で(これは2015年4月の報告だが)2014年のスペインにおけるイスラム教徒の数は185万人となっている。これは、スペインの総人口の4.0パーセントにあたる。

 ここでスペインのことについてとくに注目する必要があるのは、スペインがかつてイスラム教の支配下にあったからである。
 8世紀のはじめに、イスラム教政権のウマイア朝がスペインに侵攻し、その大部分を支配下においた。この支配体制は、コロンブスがアメリカ大陸を発見する1492年まで続き、キリスト教徒はそれまで、スペインを再征服する「レコンキスタ」の運動を続けなければならなかった。
 こうした歴史をもつスペインにおいては、イスラム教文化の影響が大きく、グラナダにあるアルハンブラ宮殿などがその代表である。

 スペインのテレビ局が製作した番組がYouTubeにアップされているが、そこでは、バルセロナの北、フランスにほど近いサルトという町のことが取り上げられている。その番組では、イスラム教徒特有の格好をした人たちが歩いている光景を映し出し、「ここはサウジアラビアではなくスペインです」というコメントを流していた。このサルト市では、すでにイスラム教徒の割合が40パーセントに達しており、もうすぐ多数派になる可能性があるという。
 そこから、現在のスペインでは、「再イスラム化」ということが議論になっている。かつてと同じように、スペインがイスラム教徒によって支配される時代が訪れるかもしれないというのである。
 他のヨーロッパ諸国では、イスラム教の政権に支配されたことがないので、「再」イスラム化にはならないが、「イスラム化」は、やはり議論になっている。やがて、ヨーロッパ全体がイスラム化されるのではないかという恐怖が広がっているのである。
 それを反映して、2015年1月5日には、ドイツのドレスデンで、ヨーロッパのイスラム化に反対する団体が行った抗議デモに1万8000人が集まった。デモは、2014年の秋頃から拡大している。

 ヨーロッパでイスラム教徒の数が増えているのは、もちろん、キリスト教徒だったヨーロッパの人間がイスラム教に改宗しているからというわけではない。その大部分は、イスラム教の諸国からの移民である。移民が増えた結果、それぞれの国ではイスラム教徒の割合が増えた。しかも、その勢いはまだ止まっておらず、増え続けている。
 人口の4パーセント、あるいは5パーセント程度では、まだそれほどの脅威ではないと感じられるかもしれない。
 しかし、スペインのサルト市のように、地域によって片寄りがあり、今やイスラム教徒が多数派になりつつある地域も生まれている。ヨーロッパのイスラム化など、日本人には想像できない事態だが、時代はどうやらそちらの方向にむかっているのである。

(続)





宗教消滅
資本主義は宗教と心中する
島田 裕巳 著



【著者】島田 裕巳(しまだ ひろみ)
現在は作家、宗教学者、東京女子大学非常勤講師、NPO法人葬送の自由をすすめる会会長。学生時代に宗教学者の柳川啓一に師事し、とくに通過儀礼(イニシエーション)の観点から宗教現象を分析することに関心をもつ。大学在学中にヤマギシ会の運動に参加し、大学院に進学した後も、緑のふるさと運動にかかわる。大学院では、コミューン運動の研究を行い、医療と宗教との関係についても関心をもつ。日本女子大学では宗教学を教える。 1953年東京生まれ。東京大学文学部宗教学宗教史学専修課程卒業、東京大学大学院人文科学研究課博士課程修了。放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員を歴任。主な著書に、『創価学会』(新潮新書)、『日本の10大新宗教』、『葬式は、要らない』、『浄土真宗はなぜ日本でいちばん多いのか』(幻冬舎新書)などがある。とくに、『葬式は、要らない』は30万部のベストセラーになる。生まれ順による相性について解説した『相性が悪い!』(新潮新書)や『プア充』(早川書房)、『0葬』(集英社)などは、大きな話題になるとともに、タイトルがそのまま流行語になった。
  • はてなブックマークに追加