カルチャー
2015年10月15日
中国で起きる、宗教がらみの社会問題
[連載] 宗教消滅─資本主義は宗教と心中する─【7】
文・島田裕巳
  • はてなブックマークに追加

政府を驚愕させた「法輪功」


 こうした中国の新宗教ということでは、「法輪功」のことが思い出される。
 法輪功については、中国政府が徹底的な取り締まりを行い、反対に、法輪功の側は、それが弾圧であると厳しく抗議を行っているため、正確にどういった集団で、なぜ取り締まりを受けたか分からないところがある。
 法輪功は、吉林省長春市出身の李洪志という人物が1992年に立ち上げた気功の団体であり、李自身は1996年にアメリカに亡命してしまった。
 法輪功の存在が中国内外で広く知られるようになるのは、1999年4月25日に起こった事件を通してだった。この日、中国政府や共産党の要人が住む中南海を、法輪功のメンバー1万人が突如取り囲むという出来事が起こったのである。
 それは、中国社会科学院の学者が法輪功を糾弾する論文を発表し、メンバーのなかに逮捕者が出ているという情報が伝わったからで、それに抗議するために法輪功はそうした行動に出たのだった。

 メンバーは、口コミやインターネットを通して指令を受け取り、少人数で中南海に集まってきた。そのため、突如、1万人もの集団が現れたという印象を与え、中国政府を慌てさせたのである(古森義久『北京報道七〇〇日―ふしぎの国の新聞特派員』PHP研究所)。
 中国では、そのちょうど10年前の1989年6月4日に、学生たちが中国の民主化を要求して天安門に集結し、武力によって弾圧された「天安門事件」が起こっている。その経験があるだけに、中国政府は法輪功に対して強い警戒感をもった。なにしろ、政府要人のなかにも、その信者がいるとされたからである。
 日本の戦後社会でも同じだったわけだが、経済発展が続いていくと、経済格差が生まれ、さまざまな社会矛盾が噴出する。日本の場合には、創価学会をはじめとする日蓮系の新宗教が台頭し、都市の下層民を吸収していった。また、知識階層の予備軍である学生たちの叛乱が続いたわけだが、中国でも事態は同じである。
 法輪功がその勢力を拡大していったときにも、経済格差が拡がるなかで、それに取り残された人々が法輪功に救いを求めたと指摘された。日本の場合には、新宗教が弾圧の対象になったわけではないが、中国の場合には、宗教に対して否定的な共産主義の政権であるということもあり、厳しい弾圧へと結びついていったのである。
 それは、全能神に対しても同様である。

マルクスは宗教を嫌っていた


 共産主義思想を19世紀後半に体系化したのが、カール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスということになるが、マルクスは、「宗教は、逆境に悩める者のため息であり(中略)、それは民衆の阿片である」ということばを残しており、宗教に対しては否定的である。共産主義の社会が実現されるならば、そのとき宗教は必要とされないという考え方が主張されることもある。

 したがって、中国では、宗教を国家によって管理しようとする傾向が強く、国務院(日本の内閣に相当する)直属の組織として「国家宗教事務局」を設け、そこで、宗教関連の条例や規定の整備、公民の宗教活動の管理,宗教組織が運営する学校の認可、宗教界における愛国主義教育の推進などの業務を行っている。
 中国で認められているのは、「五大宗教」と言われるもので、そこには仏教、道教、イスラム教、カトリック、プロテスタントが含まれる。こうした宗教はどれも、全国規模の愛国宗教組織(愛国宗教団体)を有している。いずれも中華人民共和国の成立後に共産党の統一戦線活動の一環として作られた組織で、党と政府の指導の下で活動を行っている。

 このように、国家が認めた宗教しか活動が許されないわけで、そこから法輪功に対しては徹底した取り締まりが行われたわけである。中国共産党は、法輪功を社会の安定と団結を乱す非合法組織と認定し、共産党員に法輪功の活動に参加することを禁止する通達を出した。
 その後も中国政府は、「反法輪功」「反邪教」のキャンペーンを展開し、1999年10月30日に開かれた全国人民代表大会(日本の国会に相当)では、「邪教組織の取り締まり、邪教活動の防止・処罰に関する決定」を採択している。

 したがって、現在でも、港区元麻布にある中国大使館を通りかかると、その向かい側で、法輪功のメンバーが抗議活動を行っている光景を目にする。
 しかし、法輪功や全能神をいくら取り締まったとしても、経済発展を続けてきた中国の社会において、経済格差が拡大し、そうした社会の発展から取り残された人々が存在するという事実には変わりがない。






宗教消滅
資本主義は宗教と心中する
島田 裕巳 著



【著者】島田 裕巳(しまだ ひろみ)
現在は作家、宗教学者、東京女子大学非常勤講師、NPO法人葬送の自由をすすめる会会長。学生時代に宗教学者の柳川啓一に師事し、とくに通過儀礼(イニシエーション)の観点から宗教現象を分析することに関心をもつ。大学在学中にヤマギシ会の運動に参加し、大学院に進学した後も、緑のふるさと運動にかかわる。大学院では、コミューン運動の研究を行い、医療と宗教との関係についても関心をもつ。日本女子大学では宗教学を教える。 1953年東京生まれ。東京大学文学部宗教学宗教史学専修課程卒業、東京大学大学院人文科学研究課博士課程修了。放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員を歴任。主な著書に、『創価学会』(新潮新書)、『日本の10大新宗教』、『葬式は、要らない』、『浄土真宗はなぜ日本でいちばん多いのか』(幻冬舎新書)などがある。とくに、『葬式は、要らない』は30万部のベストセラーになる。生まれ順による相性について解説した『相性が悪い!』(新潮新書)や『プア充』(早川書房)、『0葬』(集英社)などは、大きな話題になるとともに、タイトルがそのまま流行語になった。
  • はてなブックマークに追加